呪われた悪霊王女は、男として隣国の人質となる~ばれたくないのに、男色王子に気に入られてしまって……?~

12話 追放の事情

「……リナルド様が俺を気に入らなくなったのではなかったでしょうか」
「僕が? どこからそんな話が出てきたんだ。身に覚えがないけどな」
「う、嘘だ……! 司書長には、リナルド様が俺を陰で疎んでいると聞きました。だからその思いを汲んで、自分から辞表を書けと言われたんです」
 司書長が話していたこととは、違う。たしか彼はリナルドの執事・フラヴィオに『辞表が置かれていた』と説明していたはずだ。
「司書長がそんなことを? デタラメだな、それは。だいたい僕が君のなにを憎むっていうのさ」
「……僕が司書の仕事のかたわら、執筆活動までしていることが快くないんじゃ」
「はは、思うわけがないな。君も僕の性格は知ってるだろう? むしろ、司書の仕事だけにとどまらず自分の才能をあらゆる場所で生かしていることは賞賛したいくらいだ」
 供述が真っ向から異なっていた。
ここで顔を上げたロメロの頬は、涙に濡れている。それでもなお止まらないのを堪えるためか、目角にはかなり力が入って見えた。
「リナルド様……、俺……」
「その先は僕に言わせてくれ。ここで君に会えてよかったよ、ロメロ。君がもし望むのなら、僕はまた君を雇いたい。君ほど優秀な司書はそういないからね」
 とても自然な流れ、リナルドはロメロの方へと身を乗り出すと、その身体を抱き寄せる。ロメロの涙が服に染みていくことも気にしていないらしく、その頭を自分の肩に置くと、優しく後頭部を数度叩く。そうするとロメロは声を上げて、泣きじゃくりはじめた。
 なにやら感動的な展開を迎えているようだった。
 さっきまではロメロに冷たい視線を送っていた利用者の方々も、圧倒的な人気を誇る主演役者・リナルドの登場により、態度を一変させる。
ロメロに感情移入をしたのかその場で涙ぐむものまでいたくらいだ。
(……なによ、これ)
 茶番に見えたのは、ベッティーナだけだったかもしれない。
 感動的と言うより、鳥肌ものだ。あまりにも流れるような抱擁は、男色の疑いに一層の真実味をもたらす。
 それに、なんだか全てが解決したような空気だが、そういうわけではない。
まだペラペラの霊障沙汰は解決していないのだ。
ロメロが本を広げていた机に差し込む日の光は、もう橙色になっていた。このままでは日没とともにペラペラは消えてしまって、苦しみぬいた末に、その思いはひとかけらもこの世に残らず消えてしまう。
 ベッティーナは改めて、霊障が起こったわけを考えてみた。
 ここでカギになるのは、司書長の証言だ。
 ロメロの証言を信用するとした場合、彼は嘘の証言をしたことになる。
 虚偽報告がばれた場合、自分が首を切られたり、懲罰を受けたりすることは司書長ならば承知しているはずだ。
そんな大きすぎるリスクを背負ったうえでロメロにむりやり辞表を書かせたのだから、相応の対価がなければおかしい。
よほどロメロが嫌いだった線も考えうるが……
と、ベッティーナはそこで気付く。
彼はまだ涙を流しているロメロを胸に抱いたまま、その肩口からベッティーナを手招きしていた。
「本だね」
 いやいやながら耳を寄せにいけば、彼は言う。
「この書庫に本が届いていないという話をさっき聞いた。もしかしたら司書長は、それを盗むつもりだったのかもしれない」
 そういえば、その要素を忘れていた。
 たしか、今回移管予定だった本の中には貴重なものも含まれていたとか言っていたっけ。それを踏まえれば、色々な要素がつながってくる。
 あの『清き志を奪うな』という呟きも、本が奪われたことに関係あるとすれば理解ができた。
 本をこよなく愛していた生前の彼のことを思えば、本を盗むような輩に怒りが沸き起こって霊障を起こしても不思議はない。
「早く戻りましょう、リナルド様。そんなことをしている場合ではありません」
「あぁ、そうだね。君がそう言うのなら急ごうか」
 リナルドは、最後にロメロの背を大きくさすると立ちあがる。
 背中を丸めて座ったまま彼を見上げるロメロに手を差し伸べて、にこりと笑顔を浮かべた。
「一緒に来てくれるかな。君の証言が必要だ」
「……はい!」
 ロメロの声から悲壮感が消え、そこには代わりに希望が宿っていた。
リナルドの手を迷いなく取った彼は、半ばこのキラキラ王子に操られているかのように立ちあがる。
 また始まった。この男は現実をすぐに舞台の上みたいな空気に替えてしまうらしい。いっそ役者の方が向いているようにすら思う。
 急いでいるだけに苛立ち半分で、ベッティーナはそれを見守る。
 どうやら我知らずのうちに、厳めしい顔になっていたらしい。
「どうしたんだい、ベッティーノ君。一段と険しい顔になっているけど……」
 リナルドがこちらに顔を向けて、とぼけ顔で言う。
が、ここで合点したらしく一人で何度か頷いた。
「ほら、どうぞ。僕の手なら、もう片方空いているよ?」
……やっと少しは、ベッティーナの焦りを理解してくれたかと思ったが、これだ。
そんなもの、求められても握りたくはない。
呆れすぎて、王子相手だということを忘れてため息を吐いてしまう。先々書庫を出ようとすれば、
「まぁまぁ、冗談だよ。少し待つんだ、馬車を待たせているから」
リナルドはロメロを連れて、後を追ってきたのであった。
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