呪われた悪霊王女は、男として隣国の人質となる~ばれたくないのに、男色王子に気に入られてしまって……?~

22話 きれいになる理由


     ♢

 貰い受けたアクセサリーや服を化粧箱に入れて携え、ベッティーナたちは本日三度目、ヒシヒシのもとへと向かう。
 もうとっくに日は沈み、夜になっていた。表通りとは違い裏手は明かりが少なく、辺りはほとんど真っ暗だ。
 そんな中を、手持ちのリナルドが持つ魔導灯を片手頼りにして進んでいき、路地裏の角に陣取り、二人しゃがみこんだ。
 といって、あとはプルソン任せ。ベッティーナたちは、その後のゆくえを見届ける為だけにここへとやってきた。
「……本当にあれでうまくいくのかい、ベッティーノ君」
「そのはずですよ」
もう何度目かの雑用、さらに気分の悪くなっていたプルソンだが、召喚すると忠実に従ってはくれた。
『こんなもののなにがいいんだよ、お前』
 意図はまったく理解していないようだったが、ぼろぼろになって横たわるリナルドの土人形の横手に、その化粧箱が置いてくれる。
 反応が気になったベッティーナは、角から路地裏へ慎重に顔を覗かせた――その時のことだった。
何者かに襲われたのかと思うような強い風が、背中方向から唐突に吹き込んできたのだ。
ベッティーナは身体が前につんのめるのをこらえられず、思わず目をつむってしまう。リナルドが手をすくってくれようとしたが、それも空振りに終わる。
路地裏の正面で正座するような形で崩れこんでしまった。
『……男、よこせ』
 思わず顔を上げれば、はっきりヒシヒシと目が合ってしまう。
「……あ」
 ここを訪れた男たちの身体が凍り付いていたのは、これが理由だとそこで悟った。路地の前に立つことで知らずのうちに目が合い、金縛りになっていたのだ。
 だがしかし、どういうわけか動けなくなってはいない。両手をついて立ち上がろうとしたところへ、
「ベッティーノ君!」
 リナルドが魔導灯を投げ出して、角から飛び出してきた。いや、きてしまったといったほうがいいのかもしれない。
 体全体をその肩で強く突つかれる。その勢いに押され反対側の角まで流れて行ってから、はっとリナルドの方を見た。
すると、あろうことか自らヒシヒシの方へと顔を向けているではないか。
一方ベッティーナの前には、彼の魔法によるものだろう。光の壁が作られている。
「なにをやってるんですか!」
「はは、よかった。君が動けなくなって、飲み込まれていたらどうしようかと思ってたよ。僕が今回のことには巻き込んだわけだしね」
 どうやら、もう身動きは取れなくなっているようだった。首をこちらに振り向けもせずに言う。
 その声は、いつもの底抜けな朗らかさがあるままだが、窮地には違いなかった。
 なにをやっているんだ、と思う。余計な手出しだった、とも思う。
 なぜなら、ベッティーナはそもそも金縛りにあっていない。
それはたぶん、男のふりこそしているものの女であるためだ。被害者が男性に限られていることや、その過去を考えても、ヒシヒシがこだわりを持っているのは、あくまで男に対してだったのだ。
 だから、助けられなくてもよかった。せめてこんなふうに自らおとりにならず、天使を使って冷静に助けてくれれば、こうはならなかった。彼がもう少し頭を使ってくれれば、避けられた事態だ。
 ……そうは思うのだが。
「逃げるんだ、ベッティーノ君」
 獲物を、それも生前に求めていた最高の対象を捕まえたからかもしれない。ヒシヒシの放つどす黒い空気感は辺りに渦を巻いていた。端にいるだけで、皮膚に傷がいくほどの力である。
 被害者たちの身体中にあった生傷は、これが理由だったのだろう。
『いい男、見つけた……!』
 彼女は、化粧箱を通り越すと、身体を揺らしながら一歩一歩、リナルドの方へと近づいていく。
『てめぇ、止まりやがれ!』
プルソンがその邪魔をせんと正面に黒の魔力で壁を作り立ちはだかるが、全ては抑え込めなかった。その針みたいな髪が数本、その膜を突き破る。
リナルドに向かって一直線に伸びるところ……
「おい、ベッティーノ君! どうして逃げなかったんだ!」
 その前へとベッティーナは割って入った。
 リナルドはもっとも警戒していた相手で、苛立ちを感じたことも数知れない。
だが少なくとも、今回の行動はベッティーナを守ろうとしてのことだ。自分が男と偽っているから起こった事態とも言える。ならば、見捨てるなんてことをしたら、寝覚めが悪くなる。
 長い髪のうち一本が肩口に刺さり鈍痛を生んでいた。加えて黒い魔力を帯びた風により、服が破れていき、その下の肌に傷を作る。
痛みはある。が、逆に言えばそれだけであり、ベッティーナは動けないわけじゃない。
とにかく冷静でいなくてはならない。自分を諭すようにイヤリングに触れてからベッティーナは、まずは当初の予定通りに進めることとする。
「プルソン! その箱を持ってきなさい」
『あん? こんなものでいいのかよ、ベティ』
 プルソンは訝しみつつも、すぐにベッティーナの手元へとちょうど腕に収まる大きさの化粧箱を運んできた。
 ベッティーナはそれを抱えるように持ちつつ中を開けて、そこからまず取り出したのは小さなピン留めだ。
 ベージュ色のシンプルなデザインながら、その端にあしらわれたガラスの蝶が可愛らしい。
 そして、これを見せたことが効果的に働いてくれた。
 それを取り出した途端に、周囲一帯に立ち込めていた黒の魔力が少し薄れたのだ。ベッティーナに突き刺さっていた細い針のような髪から力が失われる。
 ベッティーナはその髪を自らの肩から抜き去った。今度はかなりの痛みに顔が歪みかけるが、どうにか手を動かして、その髪の中ほどにピン留めをつけてやる。
『……なにをする、女』
 やっぱり、見抜かれていたらしかった。だが、あくまで悪魔の声はリナルドには聞こえていないから、よしとする。
『似合うかと思ったのよ。その素敵な髪に』
 念話を使いこう言えば、彼女は顔をリナルドの方から、ベッティーナへと振り向けた。
 肌の色は黒ずんでおり、頬はこけているが、生前には美人とされていただけはある。その顔立ち自体は、かなり整っていた。
『……私に、これが? 本当に言っているのか……?』
『本当よ。まっすぐで、いい髪をしているわね。それだけじゃない、あなた綺麗だもの。これも似合うんじゃないかしら』
 ベッティーナが次に取り出したのは、ドレスの胸元につける花飾りだ。レースで作られた花びら一枚一枚が、わずかな明かりの中でも美しく映える一品である。
 今度は、ヒシヒシ自らその髪で花飾りを取り、胸元へと当ててみせた。
『……これが私に………』
そこから、なにか心境に変化があったらしい。
さらに腕輪や、首飾り、指輪、ワンピースドレス、ヒールと次々に箱の中から取り出していく。そのごとに霊障はだんだんと収まっていき、髪の長さも短くなっていった。
やがて、ほとんど人と見わけのつかない状態になる。その頃には、辺りを埋め尽くしていたその黒い魔力も消えていた。
「……助かった、のか」背後ではリナルドも金縛りから解放されたようだ。
 一応、ほっとしつつ、ベッティーナはまずプルソンの召喚をとく。そして、すっかり害のない状態へ戻ったヒシヒシに声をかけた。
『あなた、そもそもは男が欲しかったわけじゃないでしょ。そんなふうにお洒落がしたかったんじゃないの?』
 そう思ったのは、リナルドの石像を彼女が壊していたときのことだ。
よく見れば彼女はただ襲い掛かっていたわけではなく、必死にその表面にある記章や飾緒を削り取ろうとしていた。
 そしてそれは、男たちを捕まえては『綺麗だ』と言わせていた話とも一致する。
そう言ってもらいたかったのだ、彼女は。そしてその欲求の大元は、生前からの美へのあくなき追及にあったのだろう。
『そう、なのかも。この姿になってから、人の目には見えなくなった。それで、今までは振り向かせてきた男たちにもスルーされて、おかしくなったみたい……』
『そんな他人の見え方、気にする必要はないわよ』
『……ほんとおかしな人。見えるだけでも変なのに、私の心まで見抜いちゃうなんて。もしかして、あなたも霊なの?』
 ベッティーナは首を横に振る。
だが後から同じようなものかとも思う。一度死んで、生まれ変わったともいえなくもない。
『とにかく、目を覚まさせてくれてありがとう』
 遠くて近い過去に思いをやるベッティーナに、彼女が言う。
 そののち一度身に着けたアクセサリーをはずし、渡していた服も丁重に箱へと戻し、返してくれた。
『これは、返すよ。たしかに可愛いけど、私のセンスじゃない。私は私なりに、この姿でも納得がいくくらい綺麗になれる方法を探してみる』
 どうやら、彼女の心願は『綺麗になること』にあるらしく、消えては行かない。
まだまだまちょくも余しているようで、長い髪を浮遊させながらどこぞへと漂い去っていく。
 地縛霊とされていたヒシヒシだが、自らの本来の願望を思い出したことで、自由を取り戻したらしい。
 その姿を見送ってから、思い出した。
 少し動こうとすると、刺された右肩に痛烈な痛みが走って、ベッティーナはそこを押さえる。熱をもった傷口に顔をゆがめるが、もっととんでもないことにも同時に気が付いた。
着ていた服が門司通りぼろぼろに引き裂けていて、もはやただの布地と化しているのだ。上も下も、内側に来ていた服も、なんなら胸を締め付けていた布もだ。
 まずい展開だった。このまま脱げてしまったら、女であることがばれかねない。
 ベッティーナは、とりあえずその場にしゃがみ、ひざを腕で抱えることで身体を丸めこむ。
「ベッティーノ君! 大丈夫かい、すぐに治療しよう」
 それを勘違いされたようで、リナルドはすぐに隣に膝をつくと、ラファを召喚した。
すぐに、白魔法を用いたヒールが開始される。
「ご主人! ご主人を先に治療した方がいいんじゃないかな? というか、あたしはそうするべきだと思うけど⁉ 悪魔使いを治療してやる義理なんて――」
「いいから、頼む。僕を守ってこうなったんだ。ラファ、急いでくれ」
「まぁご主人が言うなら? あたしは従うけど?」
 ラファはまだまだ不平をこぼしつつ、その羽で移動してベッティーナの肩上へと乗り、光の粉を傷口へと振りまく。
「……ありがとう」
「これくらいで、悪魔使い女に礼を言われたくないね。傷ができてすぐなら大きな傷だって治せるの、あたしは。それにご主人を守ったっていうんなら、治すよ」
 口は悪くとも、天使の実力はさすがのものだった。その聖なる力により、見る間に傷が塞がっていく。ヒシヒシの針により刺された深い傷も、少し時間はかかったが修復されていた。
痛みが消えて、指先まで力が入るようになっている。魔力は身体の状態や心に影響されるものだ。おかげで、それもじわじわと回復のきざしを見せている。
といって、服は元通りにはならないから、そのままでいるしかないのだが。
 ラファはそのまま、リナルドの治療をも行う。
「ベッティーノ君、これを……ってありゃ」
全快した彼は、自分の羽織っていたジャケットをかけてくれるのだが……
ベッティーナのものほどではないにしろ、それももうぼろぼろだ。すぐに肩からずり落ちてしまう。自分でも異常と思うくらい白すぎる肌が、肩口から腕付近にまでかけて露わになって、地面に落ちていた魔導灯に照らされていた。
「えぇっと、どうしようか」
 それを見るやリナルドはどういうわけか、片足を軸にして後ろをくるりと振り向く。こほんとわざとらしい咳払いをした。
 そんなリナルド自身の着こんでいる襟の高いシャツも、背中や肩の一部が露出してしまっていた。目に毒だと瞼を閉じていたら「あ」と、そこでなにかを思いついたらしい。
「……もう、着るしかないんじゃないかな、それ」
 指さされたのは、ベッティーナの屈むすぐ横にあった、化粧箱だ。
その中には、ミラーナに貰ったワンピースドレスやアクセサリーが入っている。当然、女性用だ。
「僕の身長じゃ、その服はどうしたって入りそうにないし、そもそも王子が女装をして街を歩いていたなんて知られるわけにはいかないし……。助けてもらったところすまないけど、ベッティーノ君」
 その先になにを言わんとしているかは、もう分かる。
「これを着て、私に服を買いに行け、と?」
 リナルドは「だめ、かな?」と相変わらず向こうを見て言う。
やはり王室育ちのぼっちゃんだ。これまでそうすれば、誰もが素直に願いを聞き入れてくれたのだろうこれまでが透けて見える。
が、ベッティーナの眉間に刻まれるのは、深いしわだった。そんな魂胆を含めて、気に食わない。
「……えっと、ほら。着替えるところは見ないでおくし。君なら似合うって言うのは、本当に思ったことだから。ほ、ほら! このままにしているから」
 ポーズとして、リナルドはぴしっと腰に手を当て直立して見せる。
 こうなっては、もうどうしようもない。そもそも、ミラーナの服一着以外、この場にはないのだ。
ベッティーナはさっきまでヒシヒシのいた路地裏へと入り、嫌々ながらドレスを着る。
 ……まるで似合っている気がしなかった。
髪が長い時だったとしても、たぶん変わらない。
高貴かつエレガントな感性を持ったミラーナから拝借した衣装であるため、過度なくらいお嬢様風というか、気後れするような上品さを持っているのだ。
久しぶりにヒールを履いたこともあってか、ふわふわと浮いている感覚さえした。
「……終わったかい?」そこへ、リナルドが言う。
 はい、と返事をすれば彼は一度こちらを振り向いたが、どういうわけかまた元の方向へと顔を戻していた。
「どうでしょうか」と一応尋ねる。
「えっと、あぁ、とてもよく似合っていて魅力があると思うけど」
「そうじゃなくて。男がこんなものを着て変じゃないかと」
「あぁ、そっちか。はは、うん、大丈夫じゃないかな」
 なんだか様子が変だったが、少なくともこの格好が街から浮いているほどでもないらしい。
とにかく少しほっとして、ベッティーナは一人、表通りへと出ていくのであった。

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