呪われた悪霊王女は、男として隣国の人質となる~ばれたくないのに、男色王子に気に入られてしまって……?~

29話 過去




――今から、十一年前。
 ベッティーナがまだ八つの頃の話だ。
 その頃のベッティーナは、魔法の類をいっさい使うことができなかった。今と同じく、白魔法は使えず、黒魔法も使えない。
 それは異常なことであった。一般的な貴族や王族は、生まれた頃から身体に魔力が宿っており、それを5歳になる頃にはだんだんと使うことができるようになる。
 それが9にもなり、貴族学校に通い出してからも使えないとなると、周りを見渡してみてもベッティーナをもって、ほかにそういう人は見なかった。
 それでも、まだこの頃のベッティーナは王族の一員として丁重に扱われていた。同級生らも外向きには、それを受け入れてくれていたが……
「ベティ様、魔法が使えないのですって」
「せっかく白の魔力をもった家系に生まれたのに、低級精霊一つ使役できないなんて。ちょっと残念よね」
「あれなら私のほうが王女に向いてない? いいなぁ、なにもできなくても優遇されて!」
 子どもというのは、人と少し異なるだけでそれを異物と見なす残酷さも持つ。
 裏ではこういう陰口がたたかれていることを、すでに地獄耳を発動していたベッティーナは知っていた。
これは後から思えばの話だが、そうやって陰口をたたいていた連中がその少し後に怪我を負ったり、悪夢に苦しむなどの痛い目にあっていたのは、ベッティーナの気持ちに反応した悪霊の仕業だったのかもしれない。
まだベッティーナにも見えていなかったから、真実は分からないが、そうした連中はその後怪我を負ったり、発熱に苦しんだりしていたのだから、たぶんそうだ。
子どもながらに、それらの現象を不思議に思っていた記憶がある。
そうしたことが重なってくると、ベッティーナはいよいよ腫れ物扱いを受けることとなる。
名前を口にしてはいけない存在とされて、王族にもかかわらず「あの人」呼ばわりされることもあった。
父や母も、自分の娘がなにやらおかしいことは気づいていたらしい。弟であるエラズトの魔力が優秀だったこともあり、だんだんと敬遠されるようになる。
それらが辛くなかったわけではない。自分が周りとはなにか異なることも、それがどうしようもなく変えられないことも分かって、泣き腫らした日だって数知れない。
周りの人間たちをいっさい信用できなくなり、顔が黒くにじんで見えたりもしていた。
けれど、
「いいのよ、ベティ。あなたは、あなたらしく過ごしていればいいの」
 ベッティーナのいる空は、まだ真っ暗ではなかった。
 唯一、でも代わりに眩しく光る一等級の星が強い光を放っていた。
 唯一ベッティーナに無償の愛をくれていたその人は、名をジュリア・マニエーロ。彼女はベッティーナの乳母であり、それ以降もベッティーナの教育係を務めていた。
 彼女は決していつも優しかったわけではない。
 貴族学校の課題をやらなければ怒ったし、朝の寝坊も許してはくれなかった。けれど、ベッティーナが本当に悲しい時はいつも、すぐそばにいてくれた。長い髪も美しいと褒めてくれた。自室にだって、何度も入れてくれたし、本当の母のように思っていた。
「いつかは、あなたも立派な王女様になるんだからね」
 慰められたあとには、きまってこう励まされたのはいまでも、その響きや心の揺れかたまで覚えている。
 誰もがベッティーナに呆れて見捨てかける中でも、彼女だけは常にベッティーナがそうなることを信じてくれていたのだ。
 そうした折に、彼女に貰ったのが今もつけ続けているイヤリングだ。ただし、最初からいびつな形をしていたわけではない。
「魔力を使いこなせるようになったら、契約した精霊を住まわせる器にすればいいわ」
 貰ったときには、綺麗な星形をしていて、赤色の宝石があしらわれたそれは、希望の光そのものであった。
 ベッティーナの歩く暗い道の先を照らす、唯一の道しるべ。
それを得たベッティーナはそこをめがけて、懸命な努力をはじめた。
 これまでは毛嫌いしたり、なんとなく怠惰でやらなかったりした貴族学校の課題はすべてこなすようになったし、さまざまな勉強を怠らずにやり続けた。
 魔法が使えないことに関しても、諦めてはいなかった。誰かに笑われても、何度試しても紙の一枚破ることができなくても、魔力を発現させようと努力をする。
 そもそも友人がおらず、遊びに誘ってくるような仲間が一人もいなかったのが、ここでは功を奏したのかもしれない。
 ひたすら、いつかのために努力をしていた小さな少女は、どんどんと賢くなり、身体もたくましいものになった。
 一年もする頃には、貴族学校の中で用意されていたほとんどの科目において、上位の成績を収めるほど。
 その時点での知識量は、同世代の中では抜けていたはずだ。
 ただそれでも、父や母がベッティーナを疎んだのは、ただ一点、しかし致命的な欠点があったがゆえ。
それだけやっても結局、魔法を使えなかった。魔法力テストだけは、参加すらできない最下位であった。
「ベッティーナ様は、もうダメではないか」
「噂だと、どこかの貴族に降下されるなんて話もあるぞ……」
 王家において求められるのは、品位や知識よりなにより魔法。それが、アウローラの中では常識だった。
 もともとアウローラ家が権力を得たのは、白魔法による各地の浄化だ。
 大きな動物が出たり悪党が出たりといった場合は他の属性を持つ一族でも対処はできる。
しかし、悪霊による霊障騒ぎばかりはそうはいかない。それを解消できる白の魔力を持ち、中でも強力な天使を使役できたことは、アウローラが長年の間、国を保ってきた一番の理由だ。
周辺諸国も、同じ理由で白魔法を使える一族が支配していることが多い。
それをできない子が、王の子から生まれてしまった事実は汚点と言っていいものだったのだろう。
だから、ベッティーナを排斥せんとする声は、日に日に高まる。それは屋敷内でも囁かれており、当然ベッティーナも知っていた。
 受け入れる用意はすでにできていた。いつかは見返してやればいいのだ、と決意を固めてあったし、それをジュリアも応援してくれいてた。
 しかし、そこへ飛び込んできたのはまったく思わぬ話。
「本日、これまであなた様の乳母であり、教育係を務められていたジュリア・マニエーロが自室で死亡されていることが昨夜確認されました。自然死されたとのことです」
 告げられたのは、早朝。朝起きてすぐのことであった。
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