呪われた悪霊王女は、男として隣国の人質となる~ばれたくないのに、男色王子に気に入られてしまって……?~

30話 凄惨な事実


 なにがなんだか分からなかった。突然そんなことを言われても実感はわかない。そこから話された内容や、これからの教育係の話なんかはもう一つも入ってこない。
 ベッティーナは、とにかく部屋を飛び出していた。ありえない、ありえるはずがない、と何度も言い聞かせながら。
 だって昨日も、夕方には笑顔で会話を交わしたばかりだ。励ましてくれたばかりだった。
 いつも何度だって通った道だ、それなのに彼女の部屋へと向かう道がなんだか遠く感じる。そうして、彼女の部屋へとたどり着いてみれば、そこはもうまっさらにされていた。
 はじめから、なにもなかったかのように、その部屋にはなにもない。最初から、そんな人はいなかったかのように綺麗さっぱりと消されていた。
茫然として、ベッティーナは立ち尽くし、そして行きの何倍もかかって部屋へと帰る。
もはや、精神喪失のような状態で、あまりにも生気を失っていた。
だから、やたらと王家屋敷内に多かった役人たちにも気づかれなかったらしく、真相が耳に入る。
「実はベッティーナ嬢を処する案が出ていたらしいよ。それに起こった使用人がベッティーナ嬢は王女にふさわしい存在だって、わざわざ王や王妃に進言したらしいよ」
「また勇気のある使用人だね。でも次の日にはこれなんだから、怖いな、この世界は。反対派も多かったからねえ。シレーヌ公爵家だかがやったんじゃないか? ま、私もその一人なんだが」
 要するに、やはり自然死というのは建前で、真実は違った。
ジュリアは殺されていたのだ。それも、ベッティーナが王家から追放されないように取り図ろうとして、結果命を落とした。
つまり私が殺したんだ……。
そのときのベッティーナはそう解釈をした。
失意の底に沈んで、部屋へと変える。一応気を遣われたのだろう、そこには使用人らが待ち受けていたが、ベッティーナは彼女らに出ていくよう告げて部屋へと籠る。
そうして、一人になって。まだ実感のなかった喪失感が、小さなベッティーナの身体に一挙に降りかかってきた。
もうこの世にジュリアがいないことが、分かってしまったのだ。
それが、星の落ちてきた日。ベッティーナをただ一つ照らしていた唯一の星が、砕けて落ちた日だ。
それからベッティーナは、部屋の鍵をかけて中にこもりきりになった。
明かりもつけずカーテンも閉め切り、広い部屋の片隅に身を置いて、そこで膝を丸める。どれだけ泣いたことか、今も思い出せない。
 泣いて泣いて。取り外したイヤリングを何度も握りこんで触って、彼女がいた日々のことを思い出して、また泣いた。そうすればするほど、自分がにくくなる。
繊細な作りをしていたそれはやがてひね曲がり、そのうち壊れてしまっても、まだ握った。
やっと泣き止んでも、それはただ身体の水分という水分がなくなっただけだったのだと思う。悲しみは涙だけではなく、ベッティーナの身体全体から零れ出ていたはずだ。
しなびた手足はまるで他人の身体のごとく言動かなかったし、ベッティーナはただそれを見つめるしかできない。
でも、なにをやってももう私は一人。
 ――そう思い身体から力が最後の力が抜けかけたその時のことだ。
『許さない、許さない、私の子をどうしてこんな目に合わせた……。許さない、絶対に……』
 そのおどろおどろしい声は、星が消えた空から、つまり天井から降るように聞こえてきていた。
 ベッティーナはそこで久方ぶりに顔を上げて、そしてここで初めて見た(・・)。
 悪霊・悪魔という存在を。
 人型をしてこそいたが、明らかにそうではない別物。だって、人間ならば身体が宙に浮くわけがない。それに赤黒い髪も目も、人とはかけ離れている。黒々しい、こうもりみたいな翼まで生えているのだ。
 それが、不浄の存在であることはすぐに理解できた。実におどろおどろしい見た目をしていたし、なによりも漏れ伝わってくる怨念に気付いた途端、肌がそばだつ。
 そして同時に、自分の体の奥、腹の底の方で謎の力がそれに共鳴していることにも気づいた。
 試しに手を握り血の流れを貯めこむと、黒すすのようなものがあふれ出てきた。
 さんざん練習しても、発現させようと努力しても、どうしようもなかった魔力が、発現していたのだ。
 習得を必死に目指してきた白魔法とはまるで違う形でやっと、こんな時になってだ。
「なんで今更……」
 ベッティーナは、また泣きたくなって、止めるすべも知らずに泣く。すると、天井に貼りついていた悪魔がそれに応じるかの如く、そのただならぬ空気を強くした。
 心の底を震わせるようなその声が部屋の中へと響きこだます。怖い、怖くなければいけない。
 なのにその叫びにベッティーナが感じたのは、真逆のものだ。いつかジュリアの元で感じていた安らぎに近しいものだった。
 その瞬間にベッティーナは悟る。自然と理解できたのだ、それがジュリアのなり替わった姿であると。
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