呪われた悪霊王女は、男として隣国の人質となる~ばれたくないのに、男色王子に気に入られてしまって……?~

34話 邂逅と強い思い

十年ぶりの邂逅だった。赤黒い髪に、コウモリ様の翼、そして異様なまでにどす黒いオーラ。なにからなにまで十年前と変わらない。懐かしさを感じるのも同じだ。
とはいえ、凶悪なのはかつてと変わっていない。
一気にリナルド、ベッティーナの頭上を覆うような大きさにまでその身体を膨らませると、さらに拡大していく。
 林を覆う、雷雲のような見た目になっていった。
「う、うわぁ……!?」
 その作り出す恐れにより、一部の兵たちはすでに逃げ腰になっている。
いい傾向ではあるが、やはり魔力の吸われ方は異常だ。
彼女を押さえつけるために使っていた魔力が必要でなくなった分、余裕ができたはずなのに、そんなそばから枯渇しそうだ。
 さっそく少しコントロールを失い、絡まりあった腕のような黒々しいものが空から降って地面をえぐった。
「……わお、これは急がなきゃな。みんな、ここへくるんだ」
 悪魔の見えないリナルドやフラヴィオらには、怪奇現象に見えたに違いない。
衝撃で大地が揺れるなか、ベッティーナが悪戦苦闘していると、リナルドはベッティーナの背後へと回る。
「ベティを回復させるんだ。魔力なら、僕も供給するよ」
 リナルドがこう言えば、ラファや精霊たちは素直に従い、白い光の粉をベッティーナの周囲に舞わせはじめる。
 黒と白が、一つになった瞬間だった。重く潰されるような苦しみが、一気に和らいでいく感覚がある。減った魔力が、すぐそばから増えていくのが、実感できる。
「どうかな、これで」
「……やれるかもしれません」
 ベッティーナはそれら魔力を受け取ったそばから、ジュリアのコントロールにすべて傾ける。きりがないようにも感じる攻防だったが、しばらくしてその拡張をついぞ収めきった。
 もちろん予断は許されないが。
『そこよ、ジュリア!』
 ベッティーナは魔力を通して、ジュリアの身体を動かしにかかる。
試しに一点を狙うイメージをしてみれば、その場所へ向かって的確に腕が伸びていった。林をえぐり、地面を削り取る。かなりの勢いであったが、その先にあった岸壁に突き刺さる手前で、どうにか止める。なんとか、力の調節もできている。
 ちょうど赤魔法を緑魔法で強化したらしい大きな火炎球が見舞われるが、それも簡単に叩き潰すことができた。
 悪魔は火が苦手だというのに、この実力差である。
「くそ、お前たち! なにをやってるんだ!」
 もはやフラヴィオたちは、散り散りの状態になっていた。
 ジュリアの恐ろしさを、圧倒的な強さを目の当たりにしたからかもしれない。まともに隊として機能しておらず、収拾がついていない。ほとんど全員が、ジュリアを恐れて、逃げていく。
「あと少しだったのに……!」
 これにはフラヴィオも、勝機がないことを悟ったのだろう。持ち前の緑魔法を駆使した素早い動きで林の奥へと後退しようとする。
 ベッティーナはそこで、彼女の腕をして彼を捕まえんとするが……
 ジュリアの身体は勝手に動いてしまっていた。血の気が引く。
「うあっ⁉ なんだと!」
また暴走させてしまうのかと思ったが、そうはならなかった。
ジュリアは何本ものうでにより、フラヴィオの胴を捕まえる。ジュリアの腕があまりに大きいから、フラヴィオはまるでスプーンかのように握られている。
 少し力をくわえたところで彼は意識を失ったらしい。首をもたげて泡を吹きだすので、その場で捨てるように離してやった。
「……こりゃ、たしかに恐ろしい力だね。さっきまで窮地にいたのが嘘みたいだ。こりゃ、治すのに骨が折れるな」
 まさしくあっという間の決着に、リナルドは辺りを見回しながら茫然としたみたいに呟く。
 さっきまで鬱蒼とした林が広がっていたのに、一部が禿げ上がっている。彼女の力の爪跡がありありと残されていた。
 ベッティーナはそれに驚かされつつも、ジュリアの召喚を解こうとする。最後まで油断をしてはいけないと気を引き締めていたのだが……彼女は戻っていかない。
 だんだんと、空中へとその身体をほどいていく。
「……ジュリア…………」
 ついに、この時が来てしまったのだ。本当の別れの時が。
 悪霊は、魔力切れだけが原因ではなく、その未練がなくなることや心願が成就することでも消える。
 魔力量はまだ十分にあるはずだったから、今回の消失は後者なのだろう。
 ベッティーナは、それをただただ見つめるしかできない。悲しい気持ちももちろんあったのだけれど、その未練が消えたことが嬉しくもあって、どっちつかずの状態だったのだ。
「ねぇ、あなたの願いは何だったの」
ベッティーナは、最後にこう尋ねる。
なにを期待したわけでもない。悪霊・悪魔はそうなる過程で記憶を失くしており、今の彼女に生前の記憶はないから、ベッティーナのことも覚えてはいないはずだ。
ただ強い感情が残るのみにすぎない。
 しばらく、答えはなかった。だが、最後の最後、ついに彼女は口を開く。
『……守りたかった』、と言った後に『幸せになってほしかった』と付けくわえた。
それきりで言葉が終わる。短すぎる会話だ。
でも、それでもう十分であった。
暴れられたことも、魔力を吸われて殺されかけたこともあるが、すべては関係ない。
こんな自分でもちゃんと愛されていたと確認できたから、それだけで十分だった。
ベッティーナは生前の彼女との時間に思いをやりながら、またこれまでの十年間、彼女が宿っていた耳飾りを押さえて、最後のひとかけらが夜空に消えるまでを見送る。
長く、じっと暗い新月の空を見つめた。またたく星が綺麗に映るのをしばらく焼き付けてから、深い溜息をついた。
「行ったんだね。ラファが教えてくれたよ」
 リナルドが言う。短く首を縦に降れば、一緒になって上を向き、目を瞑ってくれた。まるで見えているかのように。彼も本当に惜しんでくれているらしい。
 ベッティーナはそんな彼の姿を横目に見る。
今回ばかりは、彼に感謝するしかなかった。彼が来てくれなかったら今頃どうなっていたか分からない。彼のくれた希望が、ベッティーナを、ジュリアを救ったのだ。
「……ありがとうございました」
 ぶっきらぼうにはなったが、礼を言う。
「はは、どういたしまして。でも、せめて顔を見て言ってほしいかな? 仮にも体を張って命を助けたわけだし。実際、僕の魔力ももう限界だよ」
が、にやにやしながら揶揄われると途端に口から出した言葉が惜しくなる。相変わらず、いらっともする。
 ただそれでも、今の彼はベッティーナにとって光に見えた。
 ……単に、天使や精霊が近くを飛んでいたからかもしれないが。
< 34 / 36 >

この作品をシェア

pagetop