呪われた悪霊王女は、男として隣国の人質となる~ばれたくないのに、男色王子に気に入られてしまって……?~
五章 エピローグ

35話 日常に帰って。


     ♢

数日後。
ベッティーナは、ようやくいつもの場所へと帰ってきていた。
リナルドの屋敷内にある書庫だ。このところは、事情聴取などで足が遠のいていたが、ここはやはり落ち着く。
ロメロが仕事に勤しむのを奥に見つつベッティーナはすでに定位置の机へと陣取っていた。
肺の奥まで空気を吸えば、紙の香りに包まれて簡単に幸福な気持ちになる。
ただし、そんな環境の中でベッティーナが開くのは、今日に限っては本ではない。
「……あの、エラズトが王になるのね」
発刊されたばかりの新聞を見れば、例の陰謀に関する処分が一面に躍っている。
どうやらアウローラ国にも調査が入ったようで、謀反の罪により父は廃位されることになったらしい。代わりに弟がたてられて、しばらくはシルヴェリとアウローラの役人が面倒を見ながら政治を執るらしい。
処分された連中の中には、いつか聞いたような名前もある。フラヴィオたちについても、投獄の上、聴取をすすめているとのことだ。
だが、それらについて別になにか思うことがあるわけでもない。とっくに関係のない連中だ。
ベッティーナが気になるのは、自分のことだけである。
目を皿にして情報を探す。一周したところ見つからなかったが、念には念を入れもう一度と思っていたら、
「君のことなら、なにも載ってないよ。公表は避けてもらったんだ。悪魔使いだとか、人質だとか、あんまり刺激のある話を流すと、大衆も混乱しちゃうしね」
その声はいきなりに降ってきた。
内心かなり驚かされ、少しびくりと跳ねてしまったが、ベッティーナはため息をついてそれを抑え込み、彼へとうろんな視線を向けた。
「いつから、そこに?」
「ほんの少し前だよ。やけに真剣だったから、声をかけられなかった。今はもう少し見ててもよかったかなって後悔してる」
席の後ろに立って柔らかげに微笑む美丈夫は、リナルドだ。
その容姿の美しさは、何度見ても目減りしない。青の瞳も、長いまつげも、高い鼻も綺麗なラインをとった輪郭も、すらりと細身な身体も。
なにもかもがほとんど完璧にも映る。
けれど、そこから想起される中身と現実は程遠い。
「……また来たんですか。というか、勝手に見ないでください」
毎日のようにベッティーナの元へと訪れるストーカー癖(しかも、気配を殺して忍び寄る能力持ち)があるうえ、人をねちっこく見回す趣味のある変態だ。
「そうは言われてもなぁ。今の君は、要重点観察者。僕はその観察責任者でもあるんだから、これも仕事のうちだよ」
「職権濫用だと思いますけどね」
たしかに、今のベッティーナはリナルドの観察下にある。
呪われた力により惨事を引き起こしたこと、実は女だったことなどがフラヴィオらの供述により漏らされてしまったためだ。
あいつは悪魔そのものだ、とか被害者ヅラで泣き叫んで訴えたものもいるとか。
本来なら、今ごろ牢に入れられていても、なにらおかしくない。
なにもしていなかったとしても危険な要素がそろっている上、知らなかったとはいえ、陰謀計画の要にされていた身である。
だがリナルドを守ったことや、陰謀を暴いた点が評価されて、事実上はほとんど前までと変わらない。
それには、リナルドも尽力してくれたらしい。
まぁそれと、ストーカー行為を許容できるかは別問題ではあるが。
「冷たいなぁ、君は。せっかく今日はいいものを持ってきたって言うのに。ほら」
 リナルドは、桃色の封書らしきものをゆらゆらと揺らして見せる。
「……なんですか、いいものって」
「はは、物には食いつくんだな。見れば分かるさ」
彼はその封書をベッティーナの前へと置く。
夏らしく、ジャスミンの花を模した蝋のスタンプで可愛く綴じられていることから、差出人は見ずとも判別がついた。
ミラーナからの手紙だ。開いて中から便箋を引っ張り出す。
「なになに、親愛なるベッティーナ様へ。わたくしは今もあなたの顔を思い浮かべて雲にも浮かぶ気分でこの手紙を――」
ベッティーナは慌ててリナルドに読まれぬよう、便箋を机の上から除ける。
「人宛ての手紙を覗くのは、本当に趣味が悪いと思いますよ。しかも、公爵令嬢様のものですし」
「言われてみれば、たしかにそうだ。はは」
行為に比して、爽やかに笑うリナルドを横目にベッティーナはひとまず手紙を読み進める。
が、途中で苦しくなってくるのは、まるで詩のような文章がつらつら綴られていたためだ。彼女らしい言葉まわしで、ミラーナの熱い想いがありありと伝わってくる。
(……なんでこうなるのかしら)
事件が処理される過程で、有力貴族らにはベッティーナの素性が知れ渡ることとなった。
これまで婚約者候補としてベッティーナを見ており、アピールをしてきていたミラーナにも、女であることは露見した。
普通は騙されたと憤ってしかるべきだ。絶縁をつきつけられたとして、なんの不思議もない。気まずいながら謝罪に伺えばミラーナはどう言うわけか
「わたくし、男の方ではなくて、あなたが好きだったのかも! だって、それを聞いても嫌いになれませんもの」
と解釈した。
そのため未だベッティーナへのアピールは続いている。
嫌われなかったのは嬉しいことだけれど、どうしたらいいものやら、これはこれで頭が痛い。
ベッティーナは文面だけで若干気圧されながら、一応気合で最後まで目を通す。
そこに、最も重要な情報が乗っていた。もし読んでいなかったら見落としていたかもしれない。
ベッティーナは縦長の封筒を再度手に取り、傾ける。
するとそこから、見慣れているような、懐かしいような気もするものが出てきた。
「ほら。いいものもあっただろ?」
と、リナルドがかがみ込んで、ベッティーナの方を見上げる。
「修理が終わったから、ってわざわざ送ってくれたんだよ」
この10年間愛用しており、この間までジュリアを封じていたイヤリングだ。
ただし、潰れて歪だった形が、元の星形へと戻っている。中心の赤い宝石も磨いてくれたようで、前よりクリアに輝いて見えた。
「……これを直せるなんて、さすがミラーナね」
「僕もそう思うよ。それでも結構苦心してたって、運んできてくれたミラーナの使用人には聞いたけどね。年季も入ってるから、壊さないために気を使ったそうだよ」
ベッティーナはしばらく手のひらの上に乗せたイヤリングを見つめる。
ミラーナに感謝を捧げながら、一方でもうここにいないジュリアへと思いをやった。
正直、直してもらうかどうかはかなり迷ったのだ。壊れたまま十年間つけていたわけだし、それが自分への戒めでも支えでもあった。
ただ、それはたぶん彼女の遺志に反する。
ジュリアは最期、ベッティーナに『幸せになるよう』言った。思えば彼女がこれをくれた時も、そう願ってくれていたに違いない。
ならば彼女が完全に消えた今こそ、その遺志を汲んで星には煌めいてもらわねばならない。
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