呪われた悪霊王女は、男として隣国の人質となる~ばれたくないのに、男色王子に気に入られてしまって……?~

4話 旅立ちの日


     ♢

そんな準備の甲斐もあってか、身柄の引き渡しは予定通りに実行された。
国境のある街の公会堂の中、両国の役人らが立ち合い、本人確認が行われる。
「……その赤茶の目。間違いなく、アウローラ王家の血族だな」
 といって確認は、父であるアウローラ王からの親書と、簡単な確認だけで済んだ。
 友好的な人質だと言うだけあって、手荒な真似をしてまで確認するつもりはなかったらしい。
 元から声が低いこともあるかもしれない。一応、女だとばれないように準備はしていたが、それは無用の努力だったようだ。
そうして隣国・シルヴェリ国の馬車に乗せられたベッティーナは、献上品である白の葡萄酒や宝石類とともにアウローラ国の辺境にある街を後にした。
「ベッティーノ様」
道中、隣に座っていたシルヴェリ国の役人の一人が口を開く。
名前を間違えられたわけではない。元の名前を男性名へと替え、『ベッティーノ』を名乗ることにしたのだ。
「慣れ親しんだ自国を離れることは寂しいでしょうが、あくまで丁重に扱いますゆえご容赦をください」
「いえ、お気になさらず。むしろアウローラの家を潰さないでいただけるだけでありがたい話です」
ベッティーナは、役人の気遣いに殊勝さを装って答える。
 当然だが、寂しさなど微塵もなかった。
むしろ数年ぶりに屋敷の敷地外へ出られて、清々としているくらいだ。
 だが、それを正直に言えるわけもない。むしろこれ以上会話が続くことで、それが表に出てしまうような状況は避けたかった。
そこでベッティーナは、呼吸を整え、心を空にするイメージで、ひっそりと身体から魔力を漂わせた。
すると近くを漂っていた悪霊たちが続々とベッティーナの元へ集まってくる。
彼らは、今に消えそうなほど放出魔力の少ない低級霊たちだ。
彼らのような存在は、基本的にこうした道や森、林などによく現れる。
街の周りには、悪霊たちをよせつけないよう、白魔法により結界が張られることが多い。
力のある人型の悪霊や悪魔なら別だが、球体状だったり、黒い粒だったりする弱い存在は、通り抜けることができないのだ。
ただそれでも彼らにだって、一応意思はある。
ベッティーナの放つ魔力は特徴的で、悪魔ならいざ知らず、低級の悪霊たちならば簡単に引き寄せてしまえるのだ。
低級霊とはいえ、集まれば人に違和感や寒気くらいは与える。
 おかげで役人はそれに気を取られたか、そわそわとし始め、その後は話しかけてくることはなかった。
 山をいくつか超え、夕方ごろには目的としていた街・リヴィにたどり着く。
「ここは、アウローラ国との国境からもっとも近くに位置する主要都市です。海沿いの街であり、交易などもさかんに行われております」
 久しぶりに口を開いたと思えば、役人がこう教えてくれるが、それくらいの事前情報は悪霊たちを駆使して、すでに仕入れてあった。
 アウローラ国の役人から得た情報によれば、この港町があることで物資の面などから劣勢に立たされ、敗北したのだそうだ。
 そんな主要都市の中心地を通過して、馬車はなおも進む。
 そうしてたどり着いたのは、街の最北端にある屋敷の門だ。
 ベッティーナが人生の大半を過ごしてきた屋敷とは大きく違う。入口の門からして菊の家紋などのあしらわれた立派なものになっており、馬車が敷地の中に入ってもすぐに邸宅は見えない。まるで要塞のようにも見えた。
春らしく青々した庭やレンガ調のテラスを横目に馬車は奥へと走る。ベッティーナが植えられた木々が落とす葉の影に目をやっていたら、ついに止まった。
降りると目の前に建っていたのは、ベージュを基調とした三階建ての立派な邸宅だ。
二つの館は三階部分で橋により繋がれており、大玄関の脇にはどの階にも繋がる外階段まで設えてある。
ベッティーナがそれを見上げていたところ、
「立派なものだろう?」
 不意に声がかかりベッティーナは視線を下げた。
 その人物のやってきた方角は西側、つまりは逆光だった。
しかし、その姿だけは強烈に輝く光を放っているかのように、どういうわけか浮かび上がって見える。ベッティーナの立っている場所が影に入ったのかと錯覚しそうなほどだ。
「今みたく夕日を受けると、こがね色に輝いても見える。結構気に入っているんだ。上に登れば、海を見ることもできるし、ここは中心街の光も届きにくいから夜は星も綺麗。悪くないだろう?」
艶のある白髪、透き通るような青の瞳を持つその人は、饒舌にそう語りながら、こちらへと歩み寄る。
彼は白地のシャツにシックな紺色のジャケットを羽織り、礼装に身を包んでいた。
その歩くだけで漂うオーラから、ただの役人や半端な貴族でないことは間違いない。
「名前は事前に聞いているよ、ベッティーノくん。僕はリナルド・シルヴェリ。父である国王に命じられて、君を預かることとなった。歳は君の一つ上、19だ」
「……ベッティーノ・アウローラです」
「はは。だから知っているよ。君が到着するのをこうして待っていたんだからね」
 手が差し出される。その意味を少し遅れて理解したベッティーナは、少し急いで握手を交わす。
 続けて、同行していたアウローラの役人から献上品の受け渡しが行われた。
(……よかった、気付いていない)
 ほっと胸をなでおろすのは、荷物が積まれる時にそのうちの一本をくすねていたからだ。決して、好きなわけではない。アウローラでは15から飲酒をできるが、ベッティーナは下戸だ。しかし、必要になることはあった。
「これは、ご丁寧にありがとう。どちらもアウローラの逸品ですね」
 気を取り直して、ベッティーナはリナルドをじっと見やる。
彼は終始笑顔を絶やさない。どこからどう見ても、好青年といった感じだ。
だが、決してあなどってはいけない。
このリナルドは、この国の第二王子というだけではなく、その手腕を買われ、要所であるリヴィの街の領主を任されているそうだ。
 少なくとも、ただ人のいい好青年というわけじゃないはずである。
 そうして形式的な挨拶が終わる。馬車が帰って行ったところで、ベッティーナは尋ねた。
「私はこれからここに住むことになるのですか?」
「あぁ、そうさ。すでに部屋も用意しているよ。安心するといい、僕たちは君を無碍に扱ったりはしない。勉学などの機会も与えるし、あくまで将来的にいい関係を築くため、君をここに呼んだんだ」
「……すでに何度か聞かされております」
「はは、大人しいと思ったらはっきりと物を言うのだな。そうか、三番煎じだったか。それはすまなかった。よし、こんなところで立ち話もなんだから、中に入ろうか」
 リナルドがそういえば、控えていた使用人たちが両脇から玄関の大扉を開く。
 その先に広がっていたのは、赤のカーペットが敷かれた立派なホールだ。絵画や花瓶も各所に飾られているうえ、天井中央からは大きなシャンデリアがつるされており、存在感を放っている。外見にたがわず中も立派そのものだ。
だがそれ以外に一つ、どうしても気になることがあった。
「もしかして、綺麗だからと見とれているのかい?」
リナルドが、玄関先で立ち尽くしていたベッティーナの方を振り返る。
それだけで、まるで光の粒が舞うかのようだった。装飾の華やかさと、彼の美しさは綺麗に調和していて、なんの違和感もない。
――しかし、異質なことがただ一点。
どういうわけかこの屋敷には、悪霊が漂っているのだ。それも一匹ではなく、何体も存在している。
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