呪われた悪霊王女は、男として隣国の人質となる~ばれたくないのに、男色王子に気に入られてしまって……?~

9話 霊障の原因調査


 翌日の昼下がり、ベッティーナはふたたび書庫を訪れた。
(……本当ならもっと早く来たかったところだけど)
 たぶんこのまま放置していたら、あの悪霊・ペラペラが消えてしまうのは時間の問題だ。日が沈むまで持つかどうか怪しい。
 けれど朝は術の反動で身体が重く動けず、定刻には研修が始まってしまったので、自由な時間がほとんどなかったのだ。
書庫の前では、リナルドの執事・フラヴィオが、屋敷の司書長に状況説明を行わせているところだった。
 他人から情報を仕入れるのには、このうえない機会である。
あくまで協力するつもりは毛頭ないため、ベッティーナは物陰に隠れて、その様子を伺う。
ただ聞くだけならばプルソンにさせてもよかったのだが……、書庫内にいるペラペラの反応を自分で確かめたかった。
話はなにやら紛糾しているようだった。
「失礼ながら、フラヴィオ殿。こんな現象、精霊師を呼べばすぐに解決すればするのではありませんか?」
「そういうわけにはいきません」
「……なぜです? なにかの霊障沙汰だとしても、妨害魔法によるものだとしても、そうすれば書庫は開かれます。原因だって分かるかもしれないではないですか」
「それは無理なご相談です。王子の命でございますゆえ」
刀でばっさりと切り落とすかのような回答であった。
フラヴィオがそう言うと、司書長はそれきり返す言葉をなくしたのか黙り込んでしまう。
やはり忠犬という言葉がしっくりとくる人だ。
主人であるリナルドと、それ以外の人間相手とでは、態度がまったく異なる。
上背のないフラヴィオの背は、司書長より頭一つ分以上低いのだが、逆に見下ろしているようにすら感じた。
が、そんなことよりも会話の内容だ。
 リナルドはこういった意見があることを知ったうえで、それを黙殺している。つまり、悪霊の仕業だと気づいていながら、あえて知らぬふりをしているのだ。
 一度気にしないとはいったが、ついそのワケを考え込んでいると、フラヴィオによる質問攻めが始まる。
「解決法よりも、まずは原因を調査するよう言いつけられています。今回の書庫封鎖の件。なにか思い当たることはないのでしょうか」
「……かわったことといえば、ロメロが辞めたことくらいで、他にはありませんよ」
「では、ロメロが辞めた理由は?」
「いえ、それも正しくは把握しておりません……。ただもしかすると、私たちに不満を抱えていたのかもしれません。今度新書が入るにあたり、書庫内の整理を頼んでいたのですが、なかなか整理が進まず苦言を呈したことがあったのです」
 辞めた司書とのかかわりについては、ちょうど知りたいところだった。
 ベッティーナが聞き漏らすまいと、少し先の会話に集中して耳を傾ける。わりと地獄耳なので、距離があってもはっきりと聞き取れた。
 一方で、ペラペラも強い反応を示していたから、そちらに気を配ることも忘れない。
「こんな遠いところから盗み聞きかい、ベッティーノくん」
 そうして音に敏感になっていた分、近くで発されたその声にはかなり驚かされた。どうにか声は抑えたが、うっかり動いてしまい、フラヴィオらの視線がこちらを向く。
 最終的にはばれることこそなかったが、肝を冷やした。
 毎度こんな現れ方をするのは、一人だけだ。
「……どうして、ここが」
「まぁ、僕もこうやって誰かの話を盗み聞くのは得意なんだ。立場上、いろいろと言われるからね、そのうちに身についた」
「そうですか……」
「はは、叱ったりはしないから安心してくれよ。でも、手伝わないと言ったのに、こうやって一人で調査をしようとするなんて、君はよほど早く書庫に入りたいらしいね」
 普通ならば咎められてしかるべきところだ。
 一応、従属国になったとはいえ、もともとアウローラとシルヴェリは敵対国同士だ。
その人質が、屋敷内で盗み聞きをしているとなったら、裏切りや諜報活動を疑うのが自然だろう。
しかし、彼からはその疑いをまったく感じない。まるで長い付き合いである友人かのごとき親しみが投げかけられる。
「君は気が合ったかもしれないな、辞めていったロメロと。あいつもかなりの本の虫で、作家になることが夢だっていつも語っていたっけ」
「そうなのですか。でも、じゃあどうして辞めたのでしょう? 本を読むのにも書くのにも、これほど適した環境はないと思いますが」
「まぁそうなんだけどねぇ」
 思わず、普通に会話を交わしてしまった。
 だが、そのロメロという司書を知らないベッティーナにとって、彼を知る人物からの情報は貴重なものだ。しょうがないと割り切って、辞めた理由を再考する。
 作家になりたいという志を同じくしているからこそ、しっくりとこなかった。
もしベッティーナが彼の立場なら、しがみついてでもこの仕事をしていたい。
「……もしかして、諦めた?」
 まだいっさい煮詰まっていない考えが外へと漏れる。それをリナルドは、くすっと笑い、首を横へ振った。
「逆だよ、逆。天と地ほどに違うな」
 ベッティーナはその意味をすぐには理解できず、眉をしかめる。
「もうなったんだよ、物書きにね。この間、紙の本が発売された。もしかすると、それで書くのに専念したくなったのかもしれないよ」
「……それは考えもしませんでした。その本はお持ちなのですか?」
 その本に、なにかペラペラが霊障を引き起こした理由が隠されている可能性もある。
リナルドならば所持しているかもしれないと尋ねたが、今ここにはないそうだ。
でも、とリナルドは付け加える。
「街の中にある、市井書庫。そこになら、置いてあるかもしれないね。新しく出た書籍は、そこの書庫で集めて、必要だったり読みたいものを一定期間おいたあとに、ここの書庫に移しているんだ」
 国が違えば、状況がまったく異なる。
 アウローラ国には、民間に開放された書庫などなかった。そもそも識字率だって決して高いものではない。
 あくまでベッティーナが知る範囲ではあるが、巷で本が広く読まれているなんてことは、ありえない。
「……随分と開放的なのですね」
「うん、やっぱり知識というのは、誰かが占有しているよりも広まっていろいろな考え方が生まれる方がいいだろう? ってお堅い話はここまでにしようか」
 そこまで言って、リナルド王子は立ちあがる。
 さっきまで外に出ていたのか、正装をしていたが、その肩には草木の枝葉が乗っているのだから、アンバランスだ。
「……あの、クズがついてますよ」
「はは、やはりこうなるか。まああとで適当に払っておくさ。それより、どうする? 書庫に行くなら外出できるよう僕がはからうけど?」
 ある程度の自由が保障されているとはいえ、人質として連れてこられたうえ、いまだ研修中の身である。
 外に出られるのは、原因究明のためには願ってもないことだ。
ベッティーナは慌てて立ちあがり、すぐに頭を下げた。
 が、それだけでは認めてはくれないらしい。
「どうしようかなぁ」
 と、わざとらしく言うのが聞えてベッティーナが顔を上げて見れば、リナルドの右口角がきゅっと上向いていた。片頬には、浅い笑窪ができている。
「ま、書庫の封鎖問題に協力してくれるという条件付きの話だけどね」
 ……やはり、あなどれない男だ。そして、その得意げな顔には「葉っぱだらけになってるくせに」と少し腹が立つ。
 頬が勝手に引きつりそうになるが、ベッティーナは意地だけで表情を崩さない。
どうにか持ち直して、かつ笑顔を浮かべてみせる。
「協力します。どうぞお願いします」
「はは、無理してるのが丸わかりだな。目の焦点も僕に合ってないし。でも、まぁ及第点ってところかな。いいよ、任せておいて」
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