呪われた悪霊王女は、男として隣国の人質となる~ばれたくないのに、男色王子に気に入られてしまって……?~

8話 過去視


『ひひ、うめぇ、これだよ、これ。なんだ、いい酒持ってんじゃねえか』
「国から国への貢物よ。それが美味しくなかったら、どうしようもないわ」
 プルソンに飲ませるための酒は、事前に入手済みだった。
 こういった特殊な能力を使用する際、彼は対価として決まって酒を望む。
それに備えて、アウローラ国からシルヴェリ国へ渡された土産の酒を、一部くすねていたのだ。
 プルソンは酒を手にすると、用意してやったワイングラスをつかわずに瓶ごと飲み干していく。
 全ての悪霊・悪魔がこうして物に触れられるわけじゃない。
霊力が強いものだけが、目に見えて実体に影響を与えることができ、彼らが触れたものは、一般人には物が忽然と浮いたりして見えるらしい。
……もっともベッティーナには、ただの酔いどれが酒をあおっているだけにしか見えないから怪奇現象でもなんでもないが。
「そろそろいいでしょう?」
 少し本を読んで目を離しているうちに大きな瓶が空になりかけているのを見て、ベッティーナは待ったをかける。
 ただ好物を飲ませてやったわけではないのだ。
『なんだ、もう終わりか。普段は我慢してやってるんだ、もう少し飲ませろ……と言いたいところだが、ひひ、まぁいい。久しぶりにしては十分だったぜ。んで、お望みは? あの図書館にいた悪霊に関してでいいのか』
「そうよ、あの悪霊の内側を覗いてきてほしいの。頼めるわね」
『ひひ、任せときな。ただし魔力はしっかりいただくぜ』
 そのあたりの覚悟はとうにできていたから、ベッティーナは迷わず首を縦に振り立ちあがる。
 再び、図書館へと足を向けた。
 術の対象となる、館内の悪霊を窓から見据える。
そうしながらプルソンを呼び寄せ、こちらへ背中を向けさせた。その首元に両手を重ねて三角を作る。
『きたぜきたぜ、これだよ、この力だ!』
魔力をゆっくり流していこうとしたのだが、さすがは悪魔だ。急速に吸われていくのだから恐ろしい。
 この特殊な術は、ただ好物の酒をやっただけではできない。尋常ならざる量の黒い魔力を要して、やっと成立する。
「……ありえない、最悪の気分よまったく。このままいなくなりたい、すべてなくなればいいのに、なんで私はここにいるの」
 それに伴い、気分すら落ち込んでくるのがこの術の厄介なところだ。
 精霊魔法さえ使えればこうはならなかったのに、どうして一人にされたの、とか、自分のせいで、とか負の感情が心の奥からあふれてくる。
 なにものにも代えがたい苦しみだ。なにより度を越えた場合、自分がこの深すぎる闇の奥底へと呑み込まれてしまう感覚もある。
 だから、できれば使いたくなかったのだが、背に腹は代えられない。
 目を閉じて息も絶え絶えになりながら魔力を絞り出した末、やっと十分な魔力を流し終えた。
『いいぜ、十二分だベティ。あのペラペラ野郎の深淵を覗かせてやる』
『また変な擬音から名前をつけたのね……。そのセンス、どうかと思うわ』
『けっ、本をぺらぺらめくってたんだから、そのままじゃねぇか。それに、なにも呼び名がないよりマシだろ』
 プルソンはそう残すと身体を透過させ、ベッティーナの内側へと入り込んでくる。
 大量の魔力を彼に与えることにより、魂を同化させたからできたことであった。
 プルソンの魂が自分にしっくりと馴染んでいることを感じながら、ベッティーナはゆっくりと目を開ける。
 ガラスに反射する目に映るのは、蛇そのものの縦長の瞳孔だ。
白蛇姫という蔑称が、我ながらしっくりとくる様相である。その瞳でベッティーナは、図書館内にいる霊・ペラペラを覗きこむ。
「……やっぱり、プルソンの力はさすがね。ひどい代償を払うだけはあるわ」
 情報が一挙に、脳内へと流れ込んできた。
 プルソンのこの術は、過去透視という。
この目は、その者の記憶に強く残っている過去を見通せる。これを悪霊に使った場合には捉えた対象自身すら知らないような、生前の記憶をも見通すことができるのだ。人間相手にも使えるが、ベッティーナはもっぱら悪霊たちに対して利用している。
単に他人の過去をのぞき見て楽しむほど、俗っぽい趣味はないし、なにより身体への負担がひどい。
 まずもっとも強く流れ込んできたのは、ペンを握りしめて机へと向かう光景だ。
 その周りには原稿らしき紙類がいくつか散らばっていて、見て見れば裏面までびっしりと文字が書き記してある。
 そうして理解できたのは、彼が生前作家を目指していたということだ。
 売れないながらほそぼそと書いていたが、晩年になって『騎士団に明日はない』なる仮題のつけられた作品に手をつける。
 太平の世が訪れ、武力が不要となった時代に、己の生きる道を探す騎士たちを描いた長編のようだった。ただ、この作品の大きすぎる構想が災いした。書ききれずに亡くなり、そこで記憶が途切れた。
「……悪霊化した原因は、これで間違いなさそうね」
 この術は、悪霊が霊障沙汰を起こした理由を直接的に判明させられるものではない。
 ただ、霊障の要因は決まってこの生前の記憶と関係することがほとんどだ。つまり、手掛かりとしてはかなり重要なものになる。
 実際、霊のいる机の上には原稿や本が積まれており、過去の記憶から得られる情報とも符合していた。
 とすれば、あとは理由を詰めるだけだが、もうベッティーナの体力の方が限界を迎えていた。
 この術はとにかく身体への負担が大きいのだ。目を閉じると、くらりときて壁に寄りかかってしまう。
 その日は、部屋までどうにか戻るのがやっとのことだった。
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