ハイドアンドシーク


東雲さんがわたしの前髪をさらりと持ち上げる。

ふ、と小さく息を吐き出すようにして。



「バカ、泣くなってこんなことで」

「……あのね、東雲さん、わたしがここに来た本当の理由は──……理由は、」




やっぱりどうしても言えなかった。

驚いたのは、ここに来たときよりもずっと、そのことを言えなくなっていたこと。

このひとだけには知られたくない。

そう、思ってしまっていること。



「いいって。無理に言おうとすんな」


髪に触れていた手がそのまま頬に下りてきた。

さらりと撫でられたそこからじわり、熱を帯びる。



「お前が、鹿嶋が話したくなったときに話せばいい」

「……うん」



冷たいはずなのに、あったかい。


わたしもいつまでも過去に縋ってられないと思った。

昔の東雲さんばかりを追いかけるんじゃなくて、今の東雲さんとちゃんと向き合おう。


それでいつか、東雲さんと一緒にいても恥ずかしくないような人間に──



「……それより、なんか近くね」

「え、触れといてそんなこと言う?」

「お前がやけに近く来るから」

「……?そんなこと……、ッ、」


言われて、

普段感じない匂いがふわりと鼻先を掠める。


ドクン、大きく心臓が鳴った。



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