婚約破棄されたので、好きにすることにした。
「何だと。てめえ、俺達に……」
 歯向かうのか。もしくは逆らうのか、と言いたかったのだろう。
 だが男の言葉は、途中で悲鳴に変わった。
「い、いてえっ」
 クロエの腕を掴んでいた男の手が緩んだ。
 その隙に急いで逃げ出し、エーリヒの傍に駆け寄る。
 それから振り返って何が起こったのかたしかめると、エーリヒがその男の腕を掴んでいた。
 ただそれだけなのに、男は真っ赤な顔で悲鳴を上げている。
 男の腕は丸太のように太く、エーリヒの手のひらでは掴み切れないほどだ。
 それなのに男は情けない悲鳴を上げていた。
 エーリヒの細い腕のどこに、そんな力があったのだろう。
「クロエ、大丈夫?」
「え、うん。もちろん大丈夫」
 やや呆然としながら頷くと、エーリヒはにこりと笑った。 
「じゃあ行こうか」
 そう言うと、男の腕から手を離した。
 男は腕を抑えたまま蹲り、彼の相棒らしき男は呆然とこちらを見ていた。
 そんな男達をもう顧みることもなく、エーリヒがクロエの手を取って歩き出すと、自然と周囲の人達が避けていく。
 先ほどまでこちらを侮り、値踏みするような視線を向けてきたのとは大違いだ。
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