前世わたしを殺した男は、生まれ変わっても愛を捧ぐ
(どうして彼がここに……)

 ルティアは混乱する。
 だが内心の動揺は決して顔には出さず、ただ見知らぬ男から腕を掴まれたことに対する怯えを滲ませた。

「あの、なにか……?」

 癖のないさらりとした金色の髪に、珍しい紫の瞳をした男性は食い入るようにルティアを見つめてくる。小さく何かを呟き、くしゃりと歪ませた顔は今にも泣きそうだった。

 ルティアもまた様々な感情が胸に湧いたが、ただ淡々と、今度は男性から距離をとるように身じろぎした。

「離してください」

 ようやく自分のしていることを理解したのか、彼は腕を解放した。それでも興奮と動揺した様子は消えず、それが幾分落ち着いても、今度は探るような視線をルティアに注いでくる。

「失礼いたしました。知り合いに、よく似ていると思って……レディのお名前を伺っても?」

 彼女は緊張を上手に隠しながら、警戒を露わにした目で相手を見上げた。いきなりこんなことをした相手に名を教えるのは、普通ならしない。

 少女の心中を的確に察した男性はもう一度、謝った。

「不躾な振る舞いをお許しください。私の名前はキール・クローゼと申します」

 家名を聞いて、公爵家の当主だと思い当たる。そういえば彼も、第三王子と同じようにあちこちの国を旅していたと以前聞いたことがあった。

「あなたの名前を、どうか教えてください」
「……ルティア・ミーゼスです」

 懇願するように頼まれ、渋々と口にする。どのみち公爵家とあれば逆らうことはできなかった。

「ミーゼス侯爵の……そうか国内にいたのか……」
「あの、もういいでしょうか」

 名前を教えたのだから用件は果たしたはずだ。正直彼とこれ以上話を続けたくはなかった。

「……あの、変なことをお聞きしますが、私の顔に見覚えはありませんか」

 公爵は早く立ち去りたい雰囲気を出すルティアには気づいているのだろうが、それでも何かを確かめずにはいられないというように尋ねた。

 ルティアは男の顔をじっと見つめた。

 美しい金色の髪は目を惹き、眉や目元は優しい印象を人に与える。整った顔立ちはうら若いご令嬢たちの憧れであり、それに見合うだけの性格と地位を手にしている。

「いいえ、ありませんわ。閣下とは今日初めて、お会いします」
「そう、ですか……」

 公爵はみるからに落ち込んだ表情をしたが、ルティアは放って別れの言葉を述べて立ち去ろうとした。だがまた呼びとめられる。今度は手を掴まれた。

 何か、と冷たい眼差しで振り返れば、公爵は怯んだ顔をしつつも、引かなかった。

「あの、またお会いできないでしょうか」

 ルティアは首を傾げ、曖昧に微笑んだ。

「狭い世界ですから、またご縁があればおのずとお会いできると思いますわ」

 わざわざ約束してまで会う必要はない。

 ルティアはそっと掴まれた手を引っ込めながら、別れを告げた。
 今度はもう、追ってこなかった。
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