【書籍化決定】転生もふもふ令嬢のまったり領地改革記 ークールなお義兄様とあまあまスローライフを楽しんでいますー

23.悪い男

 
「おーい! 誰かいるかー!」

 バルの声に、私は応える。

「バルー!! ここよ! お兄様も私も無事よ!!」
「良かった!! すぐ行くぞ!! 待ってろ!!」

 逆光の中でバルは手を振った。
 私たちは眩しくて目を眇める。

(……光り)

 ドラゴンが呟いた。

 私は意味がわからずに首を傾げる。

 テオが魔法で洞窟の側面に簡単な階段を作り出す。
 どうやら、天井もテオ達が開けてくれたようだ。

 テオの階段を使って、バルが駆けおりてきた。
 なぜかギヨタンも一緒である。
 テオは魔力を使いすぎたのか、フラフラとしながら階段を降りてきた。
 一番最後を悠々とライネケ様が降りてきた。

 バルはドラゴンを見て一瞬怯んだ。
 そのすきに、ギヨタンがバルを追い越し、一直線にドラゴンに向かう。

「はわぁぁぁぁ! 本物の! ドラゴン!! 生きてる! ドラゴン!!」

 大興奮のギヨタンにドラゴンはドン引きである。

(なんだ? この人間は、大丈夫か?)
「お医者さまとしては、王国一の方です」

 私が答える。

「ルネ様はドラゴンとお話もできるのですか? 最高ですか? 最高ですね? そのかわいいお耳はかわいいだけではないんですね!?」

 ギヨタンが飛びかからん勢いで私に近づく。
 リアムがそれを払った。

「なんで、ギヨタン先生までここへ?」

 忌々しそうにリアムが尋ねる。

「テオが魔力増幅の薬と、回復薬が必要だと言うから、理由を聞いたらこれですよ。禁制の増幅剤を使わせてくれってきかなくて」
「禁制の増幅剤を使ったんですか!? あれは、命の先借りだってきいてます!」

 私がテオを見ると、テオは気まずそうに俯いた。

「ルネ様が危険だと……。侯爵様もお許しになりました」

 私は頭を抱えてため息をつく。

「ギヨタン先生も、お父様も、なんで止めないんですか」
「心配だったからに決まっているでしょう?」

 ギヨタンは真面目な顔をしてリアムと私を睨んだ。

「……心配?」
「そうです。たしかにルネ様は特別です。リアム様もお強い。ライネケ様が一緒なら心配ない、そうかもしれません。でも、あなたたちはまだ子供です。怪我をしたらどうするんですか」

 至極真っ当なことをギヨタンが言い出して、私は面食らった。

「特製の回復薬を持ってきましたよ。それと、テオに当分魔力を使わせたらダメです。あれは副作用が激しいんです」

 ギヨタンがプンプンと怒りながら説明する。

 後ろでテオは気まずそうだ。

「テオ先生……なんでそこまで……」
「ルネ様……。あなたはお気づきではないかもしれませんが、たくさんの人たちがあなたを大切に思っています。私も、ギヨタン先生も、ただただ時間を浪費するだけの修道院の生活に絶望していました。そこに、ルネ様が希望をくださった……だから、あなたのためなら命の前借りくらいなんでもないんです」

 テオは俯いたままモジモジと答えた。
 ギヨタンが続ける。

「私だってルネ様のためならなんでもしますよ! だから、頼りないかもしれませんが、もっと、大人を頼ってください」

 フンスと怒りながら言い切るギヨタンに、私の心は打たれた。
 
「ありがとうございます。ギヨタン先生」

 私はウルウルとしながら、素直に頭をさげる。ピョンと尻尾が高く上がった。

「ぴゃぁぁぁ! きゃわわ! では、おしっぽ、光ってるおしっぽ、触ってもいいですか?」
「ダメです」

 興奮するギヨタンを、私はピシャリと窘める。
 
「そんな、はっきりと」
「それより、ギヨタン先生、ドラゴンがクル病みたいなんです。診ていただけますか?」
「はいはいはい! ぜひぜひぜひ! 一度ドラゴンを診てみたかったんです」

 そう言うと、ギヨタンは躊躇なくドラゴンの曲がった足を触り出す。
 ドラゴンは嫌そうだ。

(おい、勝手に触るな)

 ライネケ様がドラゴンの横にやってきて、ポンと足を叩いた。

「この人間は安心だ」
(ライネケ……)

 ドラゴンがため息をつく。

「久しぶりだな。酒はどうだった」
(嫌みなやつめ。あれは苦い)
「だが、ドラゴンには一番利くだろう」
(ああ、リンドウは竜の胆(きも)だからな)

 ふたりはそう言ってクククと笑いあった。
 私はその様子を見てホッとする。
 きっとふたりは旧知の仲なのだ。

「ルネ様の見立てどおり、クル病っぽいですね。まずは日光浴と、栄養不足もあるから、動けないうちは食事を用意して……。カルシウムは……」

 ギヨタンは嬉々として今後の治療計画を立てる。

「ルネ様、このドラゴンは肉食なんですか?」
「ドラゴンさんは肉食ですか?」
(雑食だ)
「雑食だそうです」

 ドラゴンの答えを、ギヨタンに伝える。

(人間だって喰える)

 ドラゴンは威嚇するようにギヨタンに向かって大きく口を開けた。

「口の中もメンテナンスしたほうが良さそうですねー」

 ギヨタンはそう言って、ドラゴンの牙を触った。

(大丈夫か、この人間……。危機感はあるのか?)

 ドラゴンは嫌そうな顔をする。

「大丈夫、だと思います」

 私は笑った。
 ライネケ様も笑う。
 ドラゴンは諦めたようにため息をつく。

(なにやら、お前達には世話になりそうだな。天井を開けてもらい、治療までしてくれるのだろう? なにか御礼をしなくてはいけないな。……そうだ、私の血をやろう。それなら、誰にもバレずに人を殺せるぞ?)

 ドラゴンが言ってゾッとする。

「そんなのいりません! 代わりにドラゴンさんの脱皮した鱗をもらっても良いですか?」
(いいぞ、今の儂では食べきれぬまま腐らせてしまうからな)

 ドラゴンの許可を得て、私は喜んだ。

「お兄様! ドラゴンさんが脱皮した皮をくれるそうです!」
「ありがとうございます」

 リアムは礼を言い、騎士たちに回収の指示を出している。

 私たちは、ドラゴンに今後の治療を約束し、脱皮した皮を回収し洞窟を出た。

 洞窟の出口で、ライネケ様はニンマリと笑った。

「闇の精霊王を手に入れたか、リアム」

 リアムは無言で剣に触れる。

「気を付けろ。闇の精霊の力は諸刃の(つるぎ)だ」

 リアムは静かに頷いた。

「この封印が開かれたこと、王家に知られるとやっかいだ」

 ライネケ様は真面目な顔をしてリアムを見た。

「きっと、封印が揺らいだことは王家にも気付かれているでしょう。なので、弱った封印をかけ直したと報告をします。そのうえで、目くらましの魔法をかけます」

 リアムはそういうとエクリプスの剣を抜き、地面に魔法陣を描く。

「これで、王家の探知魔法にはわからなくなりました」

 ライネケ様は鼻を鳴らした。

「お前も悪い男だな」

 リアムは静かにニコリと笑った。

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