貴方はきっと、性に囚われているだけ

アプローチの始まり

 ヒートも治まり、替えの下着を保健医から借りて教室に戻る一葉。廊下から教室に戻るまでの道のり、周りからの視線が痛い。ヒートを起こしたという罪悪感もあり、周りからの視線が突き刺さるような感覚がする。
「一葉、大丈夫だった!?」
 教室に戻るなり、一番に心配して駆け寄って来てくれた花梨。一葉は「ありがとう」といい微笑んだ。そんな一葉に、花梨は顔を覗き込むようにして声を掛けてくる。
「本当に? 生徒会長に何もされてない?」
 生徒会長、という言葉をかけられ、一葉は頬が紅潮した。抱きかかえられ保健室まで運ばれるし、運命だと言われるし、挙句に好きだと告白されるし……色々とあり過ぎて、うまく言葉にできない。
「へ、平気よ。うん、大丈夫」
 自分を納得させるように言いながら、花梨に返事をする。花梨は首を傾げているが、一応は納得してくれたようだった。
「気をつけてね。生徒会長のこと好きな人は山のようにいるから……体育館でのキス騒動、もう全校生徒にまで広がってるかもだし」
「キス!? く、口移しで抑制剤を飲ませて貰っただけよっ」
 慌てて花梨の言動に反論するが、花梨は溜息を吐くだけだった。キスだなんて、どうしてそんな風に広まってしまったの?
「私はすぐ側に居たから抑制剤飲ませてくれたのわかってるよ。でも他の生徒にはそう見えてなかったみたいで……私も訂正していってるけど、流石に限界があるよ」
 花梨を責めても仕方がない。双葉に伝わってなければいいのだが、と考えていると、「それに」と花梨が言葉を続けた。
「キスでヒートが鎮まったなら、二人は運命の番なんじゃないか、なんてデマも広がりだしててさ」
「そんな、ヒートがそんなので鎮まる訳ないのに……」
「私もデマだって言ってるけど、これも限度があるよ……誰だよもう、変な噂広めてる奴」
 こればかりは、琉斗先輩にも迷惑をかけてしまっているのではないか――。不安になった。顔が次第に青ざめていく。
「楠さん、大丈夫?」
 他の生徒が心配そうに話しかけてきた。一葉は「ありがとう」と微笑み、礼を述べる。
「あのさ、立花先輩とはどういう関係なの?」
「今日初めて会ったの。本当よ」
 そう、琉斗とはヒートの周期がたまたま重なり朝礼も頻繁に休んでいたから、会うのは初めてだったのだ。
「そっか。キス騒動がでてるから、気を付けてね。ファンクラブの人達、殺気立ってたから……」
 ファンクラブまで存在するのか――。そう思いながら、心配してくれるクラスメイトに感謝した。
(一応、抑制剤を飲んでおかなきゃ……)
 鞄を取り出し、中から抑制剤を取り出す。錠剤を取り出し、水を口に含みそのまま飲み込んだ。ふう、と一息吐くと、何故だか男子生徒の視線がチラチラとこちらに向けられている様な気がする。気の所為だろうか……?
「ちょっと男子、一葉のことをいやらしい目で見ないでよね」
 花梨が睨みを利かせると、男子たちはササッと視線を逸らした。いやらしい目というのはどう云うことだろうか。
「一葉、今日はもう帰る? 周りからの視線も酷いし……」
「うん、そうするわ……」
 確かに、視線は痛い。色々な感情の混じった視線がたくさん向けられ、少し息苦しい気がする。

「楠さん」

 かけられた声にハッとし、教室のドアへと視線を向ける。周りの女子生徒達の感極まった声が聞こえた。
「立花、先輩……」
「家まで送るよ」
 そう言う琉斗の手には鞄が握られており、彼も今日は早退するようだった。一葉は一瞬悩んだが、行為を無下にする訳にはいかない。そう思い、鞄を持ち花梨に話しかけた。
「ごめん、花梨……私、帰るね」
「オッケー。後は私に任せて!」
「ありがとう」
 会話を終え、教室のドアに駆け寄る。琉斗は微笑みながら一葉の肩に手を乗せ、そのまま歩きだした。つられるように、一葉も歩き出す。周りの視線が、更に強くなった気がする。だが、肩に乗せられた手の温もりのお陰なのか、それ程は苦にならなかった。
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