放課後はキミと。

補習はキミと。


「で、アルファベットくらいはかけるよな?」
「それくらいはね」
とりあえず時間が惜しいといわれ、
教科書を広げた際に、小馬鹿にしたような口調でいわれております。

「三人称単数は?」
「さんにんしょうたんすう?」

なにそれ。おいしいの?

それを聞いた瞬間、涼村くんは瞬きを繰り返して、
それはそれは深いため息をついた。

なんだよちくしょう。
そんなこの世の終わりみたいな顔すんなよ。

「あんた、マジ絶望的」
「高校のテストはおろか、中学のテストも45点以上とったことないもん」
「ちなみに中学一年生、最初のテストの点数は?」
「45点。あたしの英語での最高点数」
ふふん。と勝ち誇るあたしとは裏腹に涼村くんは冷ややかな笑顔で、
こいつ救いようがない。といわんばかりの哀れみの目を向けてくる。

そんな目でみないでよ。

「そんなんでよく受かったな高校」
「家から一番近いとこがよかったし、その時は単語だけ必死に覚えた。もう記憶の彼方だけど」
受験勉強の時もとりあえず単語だけ覚えまくったらなんとかなったし。
「今までのテストはなにで点とってんの?」
「英単語のみ暗記していってる」
涼村君は遠い目をして、よし。と小さくつぶやいた。
「暗記はできるってことだな。今回のテスト範囲は出るとこだけおさえて、覚えていこう」

考えただけで吐き気をおこしそうだ。

「……で、なにからするの?」
「そうだな。とりあえず、長文から」
涼村くんはそういって、隣の席の椅子に腰かけて、目配せする。

え、なに?

「教科書出せよ早く」

あ、はいすみません。

後ろのロッカーに教科書は放り込んでいるので席を立ってとりにいく。
教科書を机に置くと、涼村君は一言「読め」と告げた。

いや、あのどこを?

「……百三十ページ」
あたしの顔を見て、なにもかも悟ってくれたらしい。
あたしはぱらぱらと百三十ページをめくる。

LESSON 8と書かれた表題。
そしてあたしの目に飛び込んだのはいっぱいの英字。

……やばい。眠くなってきた。

あたし、あれなのよ。
よくあるじゃん。活字いっぱい書いてあるの見ると眠くなる人。

それと同じで、こんなに活字があったら夢の中へ……。

「いったあーー!!」
あくびをした瞬間に、頭に衝撃。
涼村君が自分の教科書を丸めて、たたいてきたのだ。
バチコンッとすばらしい音付で。

そんな先生の真似しなくてもよくない!?

「なに寝ようとしてんだよ、いい根性だな」
端正な顔が歪んで、目つきが悪くなっている。
「だって」
「だってもクソもあるか。てめえ、さっきの授業もほとんど寝てただろ」
「……ナンノハナシデスカ」
「俺、頭痛してきたわ」
ため息をついて、額に手をあてないでほしい。

「あんた、バイトとかやめたほうがいいんじゃないの?」

……え?

一瞬にして脳が覚醒する。

なんで、知ってるの?
だれも、知らないのに。知らない、はずなのに。

「コンビニ、俺んちの近くなんだよね」
そこで合点がいく。

ああ、そうなんだ。涼村くん、あそこの近くなのか。
少し学校から離れているので知り合いなんていないと思ってたのに。

「結構夜遅くまでいるよな?」
「22時までだよ。そこまでしか働けないから」
早朝バイトも週に何回か入っていることは秘密にしておこう。
「それでこんなんなってたら意味なくね? あんた学生の本文理解してる?」
丸めた教科書でばしばし頭を叩かれて、うう。とうなる。

そんな遠慮なく人の頭たたかないでください。

「痛いです……」
「あ、ごめんごめん。これ以上馬鹿になったらだめだもんな」

あのー、だれがこの人のこと好きなんですか。私には理解できませぬ。

「そんなに金欲しいの? 遊びの金?」
「うーん。まあ、そんなところかなあ」
言葉を濁してふいと目をそらした私に、彼はま、いいけど。と一言。
「俺が直々に教えてやってんだから、赤点とったらあんた、俺に焼肉おごれよ」
「なっ、にを……」
「当たり前だろ。嫌だったら死ぬ気でやれよ」
「頼んでないのに……」
ぼそぼそ小さく抗議すると、ん?と優しく微笑まれた。
「なんかいったか?」
「いえ、なにも」

ひーん。怖いよぉ。

その後、とりあえず。といわれテスト範囲のページを全部書かされました……。


これが、あたしと彼の二人きりの補習の始まりだった。

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