偽装溺愛 ~社長秘書の誤算~
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「りき、しっちょーとねんねなの」
ドア越しに聞こえた声に、息子の嬉しそうな表情が浮かぶ。
「ワンワンしっちょーとねんねできんだ!」
寝つきも寝起きも良い力登が泣きながら目を覚ましたと聞き、登さんとのことでショックを受けているのではと思った。
私ではなく『しっちょー』を呼んだのは、きっとあの時自分を助けてくれたからだと。
ならば、ワンワンと寝られるアピールは、寂しさの裏返しだろう。
最近になって、強がるようになった。
成長ならいい。
西堂家での自分の立場や私への気遣いから察してのことならば、悲しいことだ。
出て行こうかと思った。
出て行って、一緒に寝ようと言ってあげたい。
ドアノブに手をかけた時、理人の声が聞こえた。
「力登は偉いな。俺は兄ちゃんだけど力登と一緒に寝たいんだけどな」
「おっけー!」
その言葉を待っていましたというも同然の、被せ気味な力登の返事。
「じゃ、寝る前に風呂入るか」
「ワンワンしっちょーも?」
聞き耳を立てているのがバレてしまうと、慌ててバスローブを脱いでバスルームに行く。
ドアを閉めて、シャワーのコックを回す。
サーッと細かいお湯の粒が髪や肌を濡らす。
気持ちいい。
商品名も商品説明も英語で書かれている、いかにも高そうないくつかのボトルの中から、洗顔フォームらしき表記を見つけて、手に取る。
柔らかいクリームを手に伸ばし、顔を洗う。
疲れた。
六時間前は、今日がどんな日になるのかわからなかった。
婚約パーティーに疑問を持ちながらも、もしも本当だったらと不安だった。
それが、まさかの断罪パーティー。
疲れた……。
顔を上げてシャワーで泡を流し、首を回す。
じっと霧雨のようなお湯に当たっていると、こうしている現在が現実なのだろうかと不安になった。
それを振り払うように力を入れて髪を洗う。
大丈夫、夢なんかじゃない。
シャンプーが目に染みて涙が止まらない。
ついさっきまで感じていた理人の腕の力強さや、温もり、下腹部に残る余韻と怠さ、私を呼ぶ甘い声。
全部、ちゃんと覚えてる……。
そう思ったら、足が震えた。
壁に手をつき、ゆっくりとその場に座り込む。
はぁ、と息を吐いて、吸い込む。
シャワーを止めて、バスタブの縁を掴んで立ち上がってそのままバスタブに入った。
あったかい……。
縁に頭をのせて天井を眺め、目を閉じた。
こうして、なんの心配もなく、時間を気にすることもなくお風呂に入れるなんていつ振りだろう。
世の母親たちが思う、大したことがなさそうで切実な願い。
まだ、はしゃぎすぎてバスタブの中で転んでしまうこともあるし、お風呂用の椅子を使っても首まで浸かるのは危険だから、いつもお湯は少なめで、私の肩は少し冷えてしまう。
だから、顎までお湯に浸かって温まれるだけで幸せだ。
とはいえ、理人と力登も入るのだから、長風呂はできない。
力登がこなかったら、一緒に入るつもりだったよね……絶対。
無意識に触れたお腹の奥に残る彼の熱に、気恥ずかしさから口の端がムズムズする。
痛いくらい大きくて硬くなっていた理由が、自分だと思うと嬉しい。
子供……か。