偽装溺愛 ~社長秘書の誤算~
力登を出産するまで、登さんが許してくれる限りたくさんの子供が欲しいと思っていた。
ひとりっ子で母子家庭だったから、賑やかな家庭に憧れていたから。
私の年齢を考えれば、多くても三人かななんて思っていたけれど、離婚し、私の人生は力登が全てになった。
私がお母さんとそう生きてきたように、私と力登も二人きりで慎ましやかに暮らしていくのだろうと思っていた。
『明日から一緒に暮らそう』
ふと、理人の言葉を思い出す。
明日……から?
今度は違う不安が押し寄せる。
スピード婚とか、交際ゼロ日婚とかテレビで見たことがある。
だが、自分が当事者になるとは思ってもみなかった。
初対面はノーカウントとして、出会ってまだ四か月ほどだし、交際と言っても偽装だったから、気持ちを伝え合ってからの交際期間はゼロだ。
そして、恋愛と結婚がまるで違うことを、痛いほどよく知っている。
まして、力登つきだ。
たまに会って可愛がるのと、生活を共にするのとでは全然違う。全然。
前に入った理人の部屋は、すごくスッキリしていて、モデルルームのようだった。
あんな素敵な部屋に住む人が、子供と暮らせる?
考えれば考えるほど不安になる。
食事の好みも知らない。
趣味とか、休日の過ごし方も。
金銭感覚も、だ。
共働きって言っても子供が増えるなら贅沢はできないし、お金のかかる趣味があったりしたら――。
大丈夫だろうか。
色々あって気持ちが盛り上がって、勢いに任せた自覚がある。
愛していると伝えるのと婚姻届を書くのが同時なのは、早まったのでは。
いや、でも、理人だっていくつもの恋愛を経験したいい大人なんだし、結婚に踏み切るだけの覚悟があるはずだし……。
そんなことをぐるぐると考えていたら、のぼせてきた。
私はバスルームを出てバスローブを羽織り、髪を乾かした。
やはり高級そうな化粧水や美容液をつけて、部屋に戻る。
ドアを開けて、静かすぎることを不思議に思いながら、そっとベッドに近づく。
煌々とした部屋の中、ベッドベッドにもたれて寝転ぶ理人と、彼のお腹の上でうつ伏せの力登。
二人とも寝息を立てている。
理人の脇にはぬいぐるみのしっちょーが転がっている。
なんでここに……?
部屋を見回すと、大きなキャリーケースが二つあった。
一つは見覚えがないが、一つは私のもので、西堂家にあるはずだ。
私は、自分のキャリーケースをゆっくり倒して、開けた。
西堂家にあるはずの、私の服や化粧品がぎっしり詰まっている。
なんで……?
「やぁ!」
力登が声を上げた。
また、悪い夢を見たのかもしれない。
立ち上がって力登をあやそうとしたら、先に理人が目を開けた。
お腹の上の力登を見て、両手で頭と腰を抱えると、横向きになりながら半端に起こしていた身体が伸ばせる位置まで移動する。
そして、私に背を向けて落ち着いた。
「大丈夫だ」
そう言った理人が身体を丸め、力登を包み込むように抱きしめる。
私は静かにベッドに近づくと、ふたりを覗き込んだ。
寄り添って眠る姿を見ていたら、段々視界がぼやけてくる。
時々鼻を鳴らしながらも穏やかな寝息を立てる力登の安心しきった寝顔が、理人の腕の中がどれほど安心できるかを物語っている。
誤算なのは私も同じよ……。
目を閉じ、理人のこめかみにキスをする。
唇より先に涙がこぼれて、しょっぱい。
「りと……?」
重そうな瞼を少しだけ持ち上げて、理人が首を回す。
私は彼のおでこに触れ、撫でた。
「おやすみ」
「……ああ」
理人が目を閉じる。
愛おしくて涙が出るなんて、力登を産んで以降二度とないと思っていた。
私は理人の背後に横たわり、彼の背中に顔を寄せた。
力登に嫉妬することがあるなんて……ね。
幸せな誤算に浸りながら、ゆっくりと目を閉じた。