偽装溺愛 ~社長秘書の誤算~
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「なんか釈然としない……」
力登を挟んで向かい合うりとが小声で言った。
裸眼な上に常夜灯でハッキリとは見えないが、不貞腐れているような表情。
「なにが?」
「全部理人の思い通りなのが」
どこがだよ、と思った。
りとと力登に関しては、思い通りにならないことばかりだ。
「りとにとっても結果オーライだろ?」
ぽかぽかと温かい力登の頭を撫でる。
寝ついた力登が身じろぐと、抱いていたぬいぐるみが俺と力登の間から閉め出された。
力登の顔に覆い被さったぬいぐるみを、りとが枕元に移動させる。
「どこが? 公表しないって言ったのに――」
「――まだ、しないってことに納得したんだ」
「だからって、あんな風に大勢の前で……」
不機嫌そうに言いながらも全然怒っているように見えないのは、俺がそう思いたいからだろうか。
「言ったろ? 今時、バツイチだの子持ちだのなんてハードルにならないんだよ。普通にお前を狙う奴がいるかもしれない。いつまでも同じ部署で目を光らせていられるとは限らないんだし――」
「――それは理人の方でしょ? 隠し子の噂の後も、あなた告白されてたの知ってるんだから」
「は? なんで知って――」
「――やっぱり」
「おま――」
この俺が鎌を掛けられてあっさり引っ掛かるとは。
つい最近、噂なんて気にしないと告白された。
当然、断った。
パートナーがいる、彼女以外は考えられない、と。
その女性は物分かりが良く、諦めてくれた。
たまに、セフレでもいいと抱きついてくる女性もいるから、距離感や言葉を間違えてはいけない。
だが、周囲に視線はなかったし、その女性が言いふらすようにも思えなかったから、なぜりとが知っているのかと思わず声に出てしまった。
「結婚してもおモテになりますね」
りとが力登の頭を撫でる。
「違うだろ。彼女は俺が結婚したと知らなかったから告白したんだ。今後、そういう女性が現れないように公表したんだ」
俺はりとの手を握る。
「それに、見せびらかしたかったんだ。可愛い奥さんと息子を」
「可愛くなんか――」
「――可愛いさ。力登の添い寝はしっちょーに任せて、りとを抱きたいと思うくらい」
自分の指と彼女の指を絡ませる。
「そう……思ってるのが自分だけだと思ってる?」
りとの指先が俺の指の甲をくすぐる。
りともまた俺と同じ気持ちとは思っていなかった。
男と女では性欲の差があるし、力登がいる空間でのセックスに抵抗があるだろうとも思っていた。
だから、寝かしつけたまま寝落ちてしまったりとを、起こしたい衝動に耐えていたのだが。
「寝落ちしちゃってたのは……ごめんなさい」
「いや、俺もあったし」
休日に力登を寝かしつけた俺が寝落ちたこともある。
りとの手が俺の手からすり抜ける。
静かにベッドからおりたりとが寝室を出て行った。
俺は力登の頬にキスをして「頼むからいい子でぐっすり寝てくれよ」と願掛けのように囁いて、しっちょーに後を託した。
りとは寝室の隣の部屋にいた。
一応、俺の書斎になっている。
俺のマンションにあった、ガラスのローテーブルとソファ、天井高の本棚があるだけだが。
りとは暗がりで、本棚に向かって立っていた。
本棚の向こうが寝室で、ベッドの足側。
俺は妻を背後から抱きしめると、耳元で囁いた。
「余程大きな声を出さなきゃ大丈夫だ」
「なら、手加減して――」
りとの顎を掴んで上向かせ、食べるように唇を重ねた。
早くも硬くなった熱を彼女の腰に押し付け、手加減なんて無理だと知らしめる。
「ん……」
夫婦となり、一緒に暮らし始めたのに、思うように触れられない。
そのもどかしさに、何度自分で慰めようかと思ったか。
だが、しなかった。
したくなかった。
虚しくなるのはわかっていたから。
俺はその夜、文字通り精も根も尽き果てるまで妻を愛でた。