偽装溺愛 ~社長秘書の誤算~


*****


「なんか釈然としない……」

 力登を挟んで向かい合うりとが小声で言った。

 裸眼な上に常夜灯でハッキリとは見えないが、不貞腐れているような表情。

「なにが?」

「全部理人の思い通りなのが」

 どこがだよ、と思った。

 りとと力登に関しては、思い通りにならないことばかりだ。

「りとにとっても結果オーライだろ?」

 ぽかぽかと温かい力登の頭を撫でる。

 寝ついた力登が身じろぐと、抱いていたぬいぐるみが俺と力登の間から閉め出された。

 力登の顔に覆い被さったぬいぐるみを、りとが枕元に移動させる。

「どこが? 公表しないって言ったのに――」

「――まだ、しないってことに納得したんだ」

「だからって、あんな風に大勢の前で……」

 不機嫌そうに言いながらも全然怒っているように見えないのは、俺がそう思いたいからだろうか。

「言ったろ? 今時、バツイチだの子持ちだのなんてハードルにならないんだよ。普通にお前を狙う奴がいるかもしれない。いつまでも同じ部署で目を光らせていられるとは限らないんだし――」

「――それは理人の方でしょ? 隠し子の噂の後も、あなた告白されてたの知ってるんだから」

「は? なんで知って――」

「――やっぱり」

「おま――」

 この俺が鎌を掛けられてあっさり引っ掛かるとは。

 つい最近、噂なんて気にしないと告白された。

 当然、断った。

 パートナーがいる、彼女以外は考えられない、と。

 その女性は物分かりが良く、諦めてくれた。

 たまに、セフレでもいいと抱きついてくる女性もいるから、距離感や言葉を間違えてはいけない。

 だが、周囲に視線はなかったし、その女性が言いふらすようにも思えなかったから、なぜりとが知っているのかと思わず声に出てしまった。

「結婚してもおモテになりますね」

 りとが力登の頭を撫でる。

「違うだろ。彼女は俺が結婚したと知らなかったから告白したんだ。今後、そういう女性が現れないように公表したんだ」

 俺はりとの手を握る。

「それに、見せびらかしたかったんだ。可愛い奥さんと息子を」

「可愛くなんか――」

「――可愛いさ。力登の添い寝はしっちょーに任せて、りとを抱きたいと思うくらい」

 自分の指と彼女の指を絡ませる。

「そう……思ってるのが自分だけだと思ってる?」

 りとの指先が俺の指の甲をくすぐる。

 りともまた俺と同じ気持ちとは思っていなかった。

 男と女では性欲の差があるし、力登がいる空間でのセックスに抵抗があるだろうとも思っていた。

 だから、寝かしつけたまま寝落ちてしまったりとを、起こしたい衝動に耐えていたのだが。

「寝落ちしちゃってたのは……ごめんなさい」

「いや、俺もあったし」

 休日に力登を寝かしつけた俺が寝落ちたこともある。

 りとの手が俺の手からすり抜ける。

 静かにベッドからおりたりとが寝室を出て行った。

 俺は力登の頬にキスをして「頼むからいい子でぐっすり寝てくれよ」と願掛けのように囁いて、しっちょーに後を託した。

 りとは寝室の隣の部屋にいた。

 一応、俺の書斎になっている。

 俺のマンションにあった、ガラスのローテーブルとソファ、天井高の本棚があるだけだが。

 りとは暗がりで、本棚に向かって立っていた。

 本棚の向こうが寝室で、ベッドの足側。

 俺は妻を背後から抱きしめると、耳元で囁いた。

「余程大きな声を出さなきゃ大丈夫だ」

「なら、手加減して――」

 りとの顎を掴んで上向かせ、食べるように唇を重ねた。

 早くも硬くなった熱を彼女の腰に押し付け、手加減なんて無理だと知らしめる。

「ん……」

 夫婦となり、一緒に暮らし始めたのに、思うように触れられない。

 そのもどかしさに、何度自分で慰めようかと思ったか。

 だが、しなかった。

 したくなかった。

 虚しくなるのはわかっていたから。

 俺はその夜、文字通り精も根も尽き果てるまで妻を愛でた。

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