仮面夫婦を望んだ冷徹な若社長は妻にだけ惚けるような愛を注ぐ。【逃亡不可避な溺愛シリーズ1】
「初めまして、芽惟さん」
「……え、あ、初めまして」

 いくら戸惑っていても、挨拶は返すものだ。

 そう思うからこそ、芽惟はためらいがちにも挨拶を返す。彼が、口元を緩めたのが視界に入った。

 何ともまぁ、艶めかしい姿だ。

「先ほど紹介していただいたのですが、俺は市原 敦也と言います。市原ホールディングスで若社長をやっています」
「……はぁ」

 人間とは、驚きすぎると語彙力が消滅する生き物なのだな。

 心の中で何処となく他人事のようにそう思いつつ、芽惟は敦也を見つめた。

 それから、助けを求めるように麗美に視線を向ける。彼女は、鞄を漁っていた。

「じゃあ、芽惟。私はこれにて」
「……え、えぇっ!?」

 さも当然のように帰ろうとする麗美を見つめて、芽惟が悲鳴のような声を上げた。

「ちょ、ちょっと待って。麗美が、呼び出して……」
「だって、私、いわば紹介役だし。……もう用済みだから、帰るね。会計は済ませておくから!」

 ――そういう問題じゃない!

 内心で大絶叫する芽惟の気持ちは、麗美には伝わらなかったらしい。彼女はてきぱきと歩いていく。

 ……完全に嵌められた。
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