うろ覚えの転生令嬢は勘違いで上司の恋を応援する

ヒロイン見参

 目の前に現れたのは、大きな鳥のような召喚獣だ。
 エドワール王子がその召喚獣の脚に摑まり、もう片方の手でジネットの身体を支えている。

「シエナたん?!なんで起きてるの?!」
「ディランがしくじったんじゃない?シエナちゃんに弱いし」
「はぁ、ダメ筋肉野郎ね。私がシエナたんを守るわ!」

 ふぁ??

 シエナたんって、私の事言っているの?
 ジネット、どこかで頭打ってキャラ変したのでは?

 しかも前世で馴染みのあるこの独特な呼び方……ジネットぜったい転生者でしょ?!
 それならエドワール王子が言っていたことにも合点がいくわ。

 戸惑う私たちなんてお構いなしに、彼らはいかにもヒロインと王子らしく華麗に着地した。

「ディラン、外は近衛騎士とオードラン卿の部隊が鎮圧した」
「よかった」

 エドワール王子はセドリック王子の身体を起こす。眠っているセドリック王子を抱えて表情を曇らせた。

「心配かけさせやがって、大ばか者が。起きたらお説教だ」
「王子殿下、ご存じだったのですね」

 エドワール王子は私を見て困ったような笑顔を浮かべる。

「ああ、それでも完全には防げなかったのが悔やまれるがな」
「いやぁぁぁぁ!シエナたんの首に切り傷があるじゃない!」

 真っ青な顔でジネットは私に駆け寄ると、魔法で傷を治してくれた。
 ありがたいのだが、いろいろと戸惑ってしまう。治療を終えた彼女がなぜか私に抱きついているのだ。しかも、妙に息づかいが激しくて怖い。

 エドワール王子がすごく複雑な顔でこちらを見ているのですが。彼ってあんな表情するキャラクターだったっけ?むしろ人を翻弄させてああいう顔にする役回りだよね?

「ありがとうございますエルランジェ嬢。もしかしてあなた……」
「しっ。後でゆっくり話しましょ」

 彼女は人差し指を立てて片目を瞑る。
 白く大きな本を開き、ニグレードアと向き合った。

 女神イーシュトリアが初代国王に贈った本だ。

「光属性の魔法の使い手か。おい、契約者殿。あの時の約束を果たしてもらうぞ」

 ニグレードアが影を伸ばすと、ノアが苦しみ声を絞り上げる。

 ジネットが呪文を唱えた。彼女の手の中の本からページが離れてゆきニグレードアを取り囲む。ニグレードアから伸びる影を断ち、ノアを引き離した。

 塔全体が大きな光に包まれる。
 光は次第に鎖へと形を変えて巻きついてゆく。

「忌々しい……!」

 再びニグレードアがノアの身体に影を伸ばしてゆく。
 彼の身体を逃げ場にするつもりだ。

 ノアにはもう触れさせない。指一本。いや、影の欠片さえも。
 絵本に触れて魔力を込める。絵本の中で見た、ノアが呼んだ流星を思い描いて。

「解放《ドリベア》」

 幾つもの流星が現れてニグレードアに当たる。すると、ニグレードアはノアに伸ばしていた手を引っ込めて私を睨みつけてきた。

「小賢しい小娘が、道連れにしてやる!」

 ニグレードアが影の形を槍に変える。影が、迫ってくる。

 侯爵が私の名前を呼ぶ。
 ノアが叫ぶ。
 ジネットの悲鳴が響く。

 イチかバチかで、手を伸ばして防御魔法を唱えようとした時、目の前に影が落ちた。

 一瞬の出来事だった。
 侯爵が私を庇い、槍に貫かれた。

「ハワード侯爵!!!」
「シエナ、王女殿下の本を使え!」

 そう言って、目の前で彼は崩れていった。

『相手の気持ちを尊重するか、あなたが相手の無事を優先するか、どちらにしますか?』

 王女殿下の言葉が蘇り、心の中に呪文が芽生える。

 私は侯爵を、守りたい。守られるばかりは嫌だ。

「放て放て放て。言の葉に姿を変えた容《かたち》無き想いよ。我が魔力を通し、実と成り現れよ。我はそれを導く者」

 本が開きながら手から離れてゆく。書かれている文字が光となって飛び出すと、幾つもの剣や槍へと姿を変えてニグレードアへと刃を向ける。

 光の武器たちは矢継ぎ早にニグレードアの身体に食い込んでゆき、溶かしてゆく。地響きを伴う断末魔を上げながら、ニグレードアは消えていった。

 静まり返った空間に、きらきらと光の粒子が舞う。

 降り注ぐ光の粒子の中を、セレスティーナ王女が現れてノアの前に立った。ノアは彼女を見上げて、「ありがとうよ」と言う。穏やかな笑顔で。

 その言葉を聞いた王女はかがんで彼の頬に唇を落とすと、静かに消えていった。

『ありがとう。これで、終わりよ』

 消える前に、彼女はジネットにそう言って微笑んだ。

 降り注ぐ光の粒子が侯爵の身体に落ちてゆくと、彼に刺さっていた槍を溶かしてゆく。

「ハワード侯爵!!」

 肩を叩いて呼びかけても反応がない。

 侯爵の身体は傷だらけで、私を庇って受けた場所は血で真っ赤に染め上げられている。投げ出された手に触れるとまだ温かい。かたい掌。侯爵は私を守らなければ、剣一つで自分の身を守れたのに。そう思うと、目の奥がジンジンと熱を帯びて視界が滲む。

 初めて出会った日の、仏頂面が過る。

 最初は怖かった。愛想はないし噂通りの鬼だし仕事を次々と放り込んでくるし……でも、私が司書であり続けたいことを知ってて動いてくれた上に、危険から守り続けてくれていた。

 侯爵、私、誓っていたんですよ?

 あなたとノアの恋を応援するって。
 下心もありましたが、あなたがノアと過ごす何気ない日々を守りたかった。

 私を生かして自分は死ぬなんてひどい。
 あなたが居なくなったら、私はあなたに何もできなかったまま取り残されてしまう。

「侯爵……死なないでください。私を置いていかないでください……っ!」
 
 堪えきれずに嗚咽を漏らすと、彼の手が握り返してきた。彼はもぞりと動いて起き上がろうとする。とめどない安心感が押し寄せ、あとからあとから涙が零れ落ちてゆく。
 傷口を刺激しないよう止めたのだが、それでも起き上がろうとするので身体を支えて補助した。

「侯爵!危ないと分かっていてどうして私だけ生かそうとしたんですか?」
「君を失う人生は、もうまっぴら御免だからだよ」
「そんな……まるで経験してきたかのように言いますね」
「ああ、経験したさ」
「まさか……!」

 私が死ぬ未来から転生してきたと言うの?!

 手が伸びてきて、優しく私の唇に触れる。
 彼は私を見上げて目を細める。安心したような、そしてなんだろう……大切な人を見るような瞳だ。

「君を眠らせた時、あの日のことを思い出していた」
「……いつの事ですか?」
「息を吹き返した君が私を見つめたのが忘れられなかった。君は覚えていないようだが」
「な、何の話をしているんですか?!」
「君が湖に落ちた日のことだよ」
「……?!」

 あの日、私は通りすがりの少年に助けてもらったのはカロルから聞いていた。
 しかし、彼は名乗らずに去ったのだと言う。

 その彼が、侯爵だったの?

 侯爵は身体の向きを変えると、こてんと頭を傾けて私に預けた。
 驚く私を気にも留めず、目を閉じて微笑む。

「良かった、鼓動が聞こえる」
「侯爵?!しっかりしてください!いまエルランジェ嬢に治癒魔法をかけてもらいますから!」
「ええ、シエナたんは少し離れてて」

 そう言うなや否や、ジネットは候爵を足蹴にした。

「えええええ?!ちょっとなんで追い打ちかけてるのぉぉぉ?!」

 私は侯爵を支えていない方の手でジネットに縋る。すると、ジネットは聖女を通り越してもはや聖母のような微笑みを浮かべて手を伸ばし、私の頬を伝う涙を拭いた。

「シエナたん、騙されちゃダメよ。こいつはシエナたんを助けるふりして自分の物にするために耽々と外堀を埋めていった狡猾な狐よ」
「人聞きが悪いな」

 侯爵とジネットが睨みあう。

「はぁ?ムッツリスケベ筋肉野郎はいつまでそうやってシエナたんの腕の中を満喫するおつもり?」
「この身体では1人で起き上がれないから仕方ない」
「だからってどさくさに紛れてシエナたんの胸に顔埋めてるんじゃないわよ!」
「エルランジェ嬢、お前は本当に聖女なのか?」
「ねえ、俺の方が危篤じゃない?先に助けて?」
「お~いエルランジェ嬢、ノアの方が死にそうだからどうにかしてやってくれ」
「エドワール、お前はこの満身創痍がわからないのか?」
「ディランはシエナちゃんで回復するだろ」

 なんだかみんな和気藹々としているんですけど、何この状況???

 仲間外れ感が甚だしいのだが??
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