一つの夜が紡ぐ運命の恋物語を、あなたと
 結局、交わした言葉は「落ちましたよ」の一言だけ。そのあと、彼女と話す機会もなく、自分は卒業した。時々どうしているだろうかと気になり、同じ時間帯の電車に乗ってみたが、一度もその姿を見ることはなかった。
 それまでの縁だったんだ、と自分を慰めた。ただその姿を見ているだけで満足していたはずなのに、声を掛けなかったことの後悔だけが押し寄せた。

 そんな感傷に浸っていられたのは、大学になった最初だけだった。そのあと、一層自分の家族の歪みを知る出来事が起こったからだ。
 発端は、父が勤務先の病院で突然倒れ、そのまま帰らぬ人となったことだ。まだ五十才にもなっていない父が亡くなり、一番落胆したのは祖母だった。ずっと涙に暮れ、反対に呆然としたまま涙も流せずにいた母を、冷たい女だと罵った。
 母は決して悲しくないわけではない。突然のことに気持ちがついていかないだけなはずだ。自分も同じだった。
 父は忙しく、家でもほとんど顔を合わせなかった。最後に会ったのがいつだったのか、どんな会話をしたのか思い出せないくらい。それでも父なりに、自分のことを気にかけてくれていた。それだけは間違いないと思っていた。
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