新そよ風に乗って 〜慕情 vol.1〜
どのぐらい時間が経ったのだろう。
高橋さんは何も言わぬまま、 黙って泣きじゃくる私を抱きしめていてくれた。
抱かれるよりも、 ずっと……。
身体を重ねるより遙か身近に感じられる、 高橋さんとの距離。
あまりにも安堵してしまい、 そのまま夢見心地で高橋さんの体温を感じながら半分眠ってしまっていたようで、 高橋さんが耳元で囁いている声が遠くの方から聞こえていた。
「俺達は、 あまりにも近くにい過ぎる」
エッ……。
何?
高橋さん。 今、 何て言ったの?
よく聞き取れなかった。
こんなにも安心して落ち着いて眠れるのは、 いつ以来だろう?
苦しかった日々の記憶を辿りながら、 いつの間にか眠りについていた。
それでも、 これは夢なんじゃないかと思って何度も目が覚めてしまい、 横で寝ている高橋さんの姿を確認してはまた安心して眠りに就く。 そんな行動を繰り返している私を見透かすように、 不思議と決まって高橋さんも私を見ていて、 そして左手で私の両目を被い 『 いいから早く寝ろ 』 とだけ言ってくれる。
ただ何気ないひと言にも、 喜びを感じてしまう。
何度かその繰り返しをしていくうちに、 安心して深い眠りに落ちていった。
そんな私の寝顔を、 高橋さんがずっと見つめていた事など知らずに。

大雪のアクシデントで足止めされてしまった、 今回の出張。
それでもそのアクシデントが私に味方してくれて、 高橋さんは時間が欲しいという言葉で私が待っていてもいいと暗黙の了解を示してくれた。
やっと離陸した北の空から見る景色は、 行きの飛行機よりも周りの世界が明るく見える。
こんなにも私の心を高橋さんが占めている事に、 改めて驚きを隠せない。
それでも、 東京に帰るのが嬉しかった。 何故って、 明日からまた会社で高橋さんに会えると思うと心が弾む。 それが待ち受けている決算の忙しさがあろうとも、 今の私にとっては苦ではなかった。
お父さんの一周忌も無事に終わり、 高橋さんとの別れ話から1ヶ月あまり。 秘めた想いを胸に、 また頑張ろうと心に誓った。
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