13番目の呪われ姫は今日も元気に生きている
「伯爵、チャンスだと思いませんか?」

 失礼ですが、伯爵のことを調べさせていただきましたとベロニカは資料をテーブルの上に広げる。

「先代が残した莫大な借金。ストラル伯爵家は火の車のようですね。私を殺すことができたなら、借金を返せるだけでなく、領地も十分潤うのでは? まだ幼い妹様や弟様にも十分な教育を受けさせることができるでしょう」

 ベロニカの言葉に息を飲む。確かにその通りなのだ。
 褒賞は正直喉から手が出るほど欲しい。
 このまま冬になれば出稼ぎに行く人間で領地の人口減は避けられないし、餓死者や凍死者が出る可能性もある。伯爵家自体も十分な越冬準備はできないので、今年の冬も弟妹達に我慢を強いることになる。
 だが。

「その褒賞と引き換えに、俺は晴れて犯罪者か」

 それは、今自分の目の前にいるこのまだ幼さの残る彼女の命と引き換えだ。
 その天秤は果たして釣り合うのだろうか? とベロニカを見ながら伯爵は思う。

「いいえ、伯爵。呪い子を絶った英雄になれます。きっと私は、ヒトの皮をかぶったバケモノなのでしょう。だからどうか、私を殺すことに罪悪感など覚えないで。あなたが殺すのはヒトではないのですから」

 ベロニカは淡々とそう告げる。伯爵が黙ったままでいると、ベロニカは静かに語り出した。

「伯爵。勝手なお願いで申し訳ないのですが、私はやはり可能ならあなたに殺されたいと思うのです。私が生きていても、正直何の役にも立ちません。でも、あなたが私を殺せたら、領地の人は助かるのでしょう?」

「……そんなに、死にたいのか?」

 まだ、ベロニカは16歳。本来なら花盛りで、とても楽しい年頃なのではないかと、他の王族や貴族達を見ていて思う。
 だが、伯爵の問いにベロニカは静かに頷くのだ。
 
「あなたがナイフを落として行った時、私、運命なんじゃないかと思ったんです」

 ふふっと楽しそうに笑ったベロニカは、昨夜の様子を語る。

「私の寝室まで辿り着けた方って、実は伯爵が初めてなんです。だいたいの方は、うちのドラゴンちゃんに食べられちゃうので」

 ベロニカはそういって護衛もいないような離宮のとんでもない秘密を暴露する。

「待った。はっ? ここドラゴンいるの?」

 そう言って慌てる伯爵に、

「私だって誰かの手を煩わせまいと努力したのですよ?」

 こてんと可愛らしく、ベロニカは小首を傾げて訴える。

「自殺を試みてみようとドラゴンの巣に行ったら懐かれちゃって」

 えへへっと連れて来ちゃったと笑うが、笑い事ではない。

「あとはぁ、服毒自殺を目指して育てた植物が、なぜか人喰い植物になっちゃったり」

 いやぁ、植物育てるって難しいですね! とベロニカは笑うが、人喰い植物に進化する原理が分からない。

「うっかり忘れたときに離宮内で事故死できないかなぁーって思って色々トラップ仕掛けてたら、暗殺者さん達がかかりまくったりとか?」

 後片付け毎回大変で、とベロニカは言うがなんの後片付けなのか具体的には知りたくない。

「ね? 私だって、いっぱい努力してるんですよ?」

「努力の方向性!!」

 思わずツッコミを入れる伯爵はコレも呪いの効果だろうかと脱力しつつ、ホント昨日よく無事だったなと背筋が今更冷たくなる。

「ふふ。私、こんなに誰かとお話したの初めてです。伯爵はお金が必要なんでしょう? 一度でいいから、私も誰かの役に立ってみたかったのです。どうか、私を殺していただけませんか?」

 そして、伯爵の手をぎゅっと握ってベロニカはとてもきれいに笑ってみせた。

「いや、でも、なぁ」

 うん、正直関わりたくない。後半、この離宮の秘密を聞いてから強くそう思った伯爵に、

「ちなみに、頷いてくれるまで帰しませんから。そろそろみんな活動してる時間だと思いますし」

 私のお見送り不要ならおかえりはあちらですとベロニカは今日一いい笑顔で、そう言い放った。
 伯爵は頭を抱える。
 ドラゴンがいて、人喰い植物が跋扈し、トラップ満載で、暗殺者うろつく屋敷からの脱出。

「私の事、殺していただけます?」

「ああ、もう。分かったよ。できる保証はないからな!!」

「何事もチャレンジ精神ですよ、伯爵!!」

 ありがとうございます♪ と非常に嬉しそうな口調で、

「じゃあ、明日から一緒に暗殺計画立てましょうね」

 本当に死ぬ気があるのだろうかと疑うほど元気にそう言った。

「やるからには全力だからな」

 ナイフ一本忘れたせいでとんでもない事になったとため息を漏らす伯爵と、

「ええ、もちろん。望むところです」

 やる気満々の死にたがりの呪われ姫。
 こうして、呪われ姫とお人好しの暗殺者の間に奇妙な縁が結ばれ、物語は幕を開けたのだった。
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