桜ふたたび 前編
❀ ❀ ❀
クルーザーのサロンの入口で、髪をマンバン(お団子)にしたアレクは、優雅にボーアンドクレープ(右手をくるくる回し胸に、左手を横に差し出す古いお辞儀)して、女王陛下をエスコートする騎士のように、恭しく澪の手を取った。
ターコイズブルーのテーブルクロスの上には、すでにディナーが並んでいる。
スピーカーから流れる〈Tornna a Surriento (帰れソレントへ)〉。
甘く切ないカンツォーネが、船窓に遠く揺れる街あかりを、映画のワンシーンのように演出していた。
皆が席に着いたところで、アレクはよく冷えたローマ産のフラスカーティを、まずは澪のグラスから注ぐ。
四つのグラスに行き渡ったところで、颯爽とグラスを掲げ、澪に微笑みかけた。
《可愛いミオの旅の終わりに──》
《Cin.Cin!》
テーブルの真ん中で合わさったグラスが、カチンと軽やかな音を奏でた。
《さあ、どんどん食ってくれ。俺の自信作だ》
アレクは得意気に言って、牛肉のカルパッチョやアクアパッツアを、女性の皿へ取り分けていく。
《明日は帰国だなんて、残念だわ》
シルヴィは目を細めて、夏休みに遊びに来ていた孫を見送るような未練を言った。
《次に来るときは、ぜひ報せてね。そうだわ、夏にいらっしゃい。ミオにベッラージョのヴィラから観る、コモ湖の素晴らしい景色を見せてあげる》
《それはいい。──おい通訳してやれよ》
アレクは上機嫌でジェイをせっついて、ふと窓越しに星空を仰いだ。
《いや待て! サンモリッツがいい。あの星空を観たら、ミオが死ぬほど喜ぶぞ》
確かに、美しいものを見つめる澪は、ミューズが舞い降りた如く美しい。
《イタリアでなければ意味がないでしょう? ミラーノのマドンニーナも観せていないなんて酷いわ》
黙ったまま澪の皿に料理を追加しているジェイに、ふたりは同時に顔を向けた。
《通訳しろよ》《通訳してよ》
ジェイは平然と、
《私のスケジュールと相談だな。当分は無理だけど》
《あなたって、ホントにエゴイストねぇ》
呆れ顔のシルヴィにフフッと笑って、トラッパを口に運んだジェイは、たちまち目を瞠った。
しょせん素人の趣味とあなどっていたが、どうして、なかなかのものだ。
《旨いな》
アレクは当然とばかりに、拳で胸を叩いた。
クルーザーのサロンの入口で、髪をマンバン(お団子)にしたアレクは、優雅にボーアンドクレープ(右手をくるくる回し胸に、左手を横に差し出す古いお辞儀)して、女王陛下をエスコートする騎士のように、恭しく澪の手を取った。
ターコイズブルーのテーブルクロスの上には、すでにディナーが並んでいる。
スピーカーから流れる〈Tornna a Surriento (帰れソレントへ)〉。
甘く切ないカンツォーネが、船窓に遠く揺れる街あかりを、映画のワンシーンのように演出していた。
皆が席に着いたところで、アレクはよく冷えたローマ産のフラスカーティを、まずは澪のグラスから注ぐ。
四つのグラスに行き渡ったところで、颯爽とグラスを掲げ、澪に微笑みかけた。
《可愛いミオの旅の終わりに──》
《Cin.Cin!》
テーブルの真ん中で合わさったグラスが、カチンと軽やかな音を奏でた。
《さあ、どんどん食ってくれ。俺の自信作だ》
アレクは得意気に言って、牛肉のカルパッチョやアクアパッツアを、女性の皿へ取り分けていく。
《明日は帰国だなんて、残念だわ》
シルヴィは目を細めて、夏休みに遊びに来ていた孫を見送るような未練を言った。
《次に来るときは、ぜひ報せてね。そうだわ、夏にいらっしゃい。ミオにベッラージョのヴィラから観る、コモ湖の素晴らしい景色を見せてあげる》
《それはいい。──おい通訳してやれよ》
アレクは上機嫌でジェイをせっついて、ふと窓越しに星空を仰いだ。
《いや待て! サンモリッツがいい。あの星空を観たら、ミオが死ぬほど喜ぶぞ》
確かに、美しいものを見つめる澪は、ミューズが舞い降りた如く美しい。
《イタリアでなければ意味がないでしょう? ミラーノのマドンニーナも観せていないなんて酷いわ》
黙ったまま澪の皿に料理を追加しているジェイに、ふたりは同時に顔を向けた。
《通訳しろよ》《通訳してよ》
ジェイは平然と、
《私のスケジュールと相談だな。当分は無理だけど》
《あなたって、ホントにエゴイストねぇ》
呆れ顔のシルヴィにフフッと笑って、トラッパを口に運んだジェイは、たちまち目を瞠った。
しょせん素人の趣味とあなどっていたが、どうして、なかなかのものだ。
《旨いな》
アレクは当然とばかりに、拳で胸を叩いた。