侯爵夫人の復讐
ひたひたひたひた――。
真夜中の静けさにかすかな足音を聞いた。
キルアは目が覚めたが、ベッドに横たわったままじっとしている。
静寂の中でギッとわずかな音がして、誰かが部屋に入ってきた。
使用人なら扉をノックして入室するはずだ。
そもそもこんな真夜中に使用人が来るはずがない。
キルアはベッドの横のサイドテーブルにあるはさみを隠し持った。
相手の顔は見えない。
あきらかに気配が近づいてくる。
かなり接近されたところで、キルアはガバッと上半身を起こした。
目の前にはデリーがいた。
「旦那さま……?」
「へへっ、キルア。お前が来ないから夫が来てやったぞ」
デリーはベッドによじのぼってキルアに顔を近づける。
アルコールの匂いがぷんとする。
「酔っていらっしゃるのですか?」
「お前のせいだぞ。お前が俺の部屋へ来ないからだ。夫婦は一緒に寝るものだろう?」
「ソフィアさまはどうなさったのですか?」
「あの女の話をするな! 下品で醜い。平民のくせに貴族のふりをしやがって。何様だ、あの女は」
キルアは呆れ顔でため息をつく。
「旦那さまが彼女をパートナーになさったのでしょう?」
「失敗だ。あれは役立たずだった。キルア、お前のほうがよほど女らしい。やはり女は貴族でなければな」
真っ赤な顔をしてヘラヘラ笑うデリーに向かってキルアはただ冷めた目を向けるだけ。
しかし次の瞬間、キルアの目にとんでもないものが飛び込んできた。
相変わらず腑抜けた表情のデリーの背後に、目を血走らせたソフィアがいたのだ。
どうやら先ほどキルアが感じ取っていた異様な気配はデリーではなくソフィアだったようだ。
こんな夜中に貴族の屋敷に忍び込むなど度胸がある。
いや、ソフィアはもしかしたら昼間に忍び込んで隠れていたのかもしれない。
数か月間この屋敷をうろついていたのだから、裏口のひとつでも鍵を細工しておけば簡単に入れるだろう。
そんなことに気づかず、デリーはキルアに触ろうと手を伸ばす。
キルアは冷静に告げる。
「旦那さま、後ろを……」
「キルア、今まで散々俺を弄んでくれたな」
「今そんなことを言っている場合では……」
「もう騙されんぞ。お前が寝る前に俺に飲ませていたワインに睡眠薬を入れていたことは知っているんだからな!」
「あの、それどころではありませんが……」
「今夜こそ夫婦の営みを……」
ゴッと鈍い音がして、デリーは頭から血を流して倒れ込んだ。