侯爵夫人の復讐

 まだ夜はこれからという頃、突然バンっとデリーの寝室の扉が開いた。
 出てきたのはソフィアだ。怒りの形相で周囲を睨みながら舌打ちし、髪を振り乱しながらつかつかと歩いていく。

 それを慌てて追いかけるのはデリーだ。


「待ってくれ、ソフィア」
「嫌よ。こんな屈辱は初めてだわ」

 ふたりのやりとりを遠目で見つめる使用人たちは不可解な顔をしている。


「喧嘩でもなさったのかしら?」
「一体何が原因で? シーツは綺麗に洗濯しておいたし、部屋も塵ひとつないくらい丁寧に掃除したわ」
「ワインの種類が気に入らなかったのかしら?」

 使用人たちはふたりの不機嫌の原因が自分たちにあると疑っているようだ。
 しかし、ふたりの会話の内容は彼らの予想外のことだった。


「ほんと、サイテーだわ」
「ごめんよ、ソフィア。今日はどうも気分が乗らないんだ」
「何それ? あたしに魅力がないって言うの?」
「違うよ。ほら、仕事で疲れているから仕方がないのさ」
「あたしと仕事とどっちが大事なのよ!」
「もちろんソフィアに決まっているだろう」
「じゃあ、どうして途中でやめるのよ!」


 使用人たちは呆気にとられている。
 デリーは視線を感じたのか、顔を真っ赤にして使用人たちに怒鳴りつけた。


「見るんじゃない! お前たちはソフィアの好きな料理を作って部屋まで持って来い!」
「は、はい。ただいま」
「デザートも忘れるなよ」

 使用人たちは慌ててキッチンへ走っていく。
 その途中、キルアが隠れている柱の前を通った。


「旦那さまが不能なのかしら」
「しっ! 口に出してはだめよ」
「そうだとしたらこの侯爵家はどうなるのかしらね」
「一時的なものでしょう」


 ひそひそと話ながら駆けていく使用人たち。
 キルアは柱の陰でクスッと笑う。

 デリーは憤怒の表情から一変し、狼狽えながらソフィアのご機嫌取りをした。


「ああ、ソフィア……機嫌を直してくれよ。君のことを世界で一番愛しているんだから」
「世界で一番愛しているなら、あたしを満足させなさいよ!」
「悪かったよ。とりあえず食事で腹を満たそう。それから何でも言うことを聞いてやろう」
「あたし、最新のデザインのドレスがほしいわ。まだ誰も持っていないものよ」
「ああ、何でも買ってやるぞ」


 ふたりがぎゃあぎゃあ騒ぎ立てている背後で、キルアは静かに立ち去った。


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