シャロームの哀歌
 振り向くとそこには青ざめたイザクがいた。
 久しぶりに目が合ったイザクは、出会ったときと変わらず澄んだ瞳をしている。

(このひとを憎めばいいの?)

 誰よりもやさしいイザクを?

 だとすると、ミリがこの世界にしがみつく理由が跡形もなく消え去ることになる。

 かといって蓋をし続けてきた怒りの感情は、最早(もはや)押し殺せるものではなくなってしまった。

 ふたりきりにされた部屋で、一体どうすべきなのだろうか。
 自分がどうしたいのかすら、ミリには何ひとつ分からなかった。

「すまない……君があの村の生き残りと知り、今までいたずらに避けてしまった」

 何かの間違いであってほしい。
 そんな一縷(いちる)の望みは、イザク本人にあっけなく打ち砕かれる。

「戦いが終結した後、わたしはのうのうと戦場となった土地へ視察に行った。初めは勝利の美酒に酔いしれ、それをさらに味わうためだった。だがそこには、まさに戦禍の中心となった焼けただれた村があるだけだった……」

 その場所こそがミリが生まれ育った大切な故郷だ。
 あの景色をイザクも見たのだろう。焼け野原となった最果ての村には、痛ましいほど人々の営みの跡がありありと残されていた。

「ミリ、わたしを殺してくれ」

< 12 / 14 >

この作品をシェア

pagetop