シャロームの哀歌
 イザクの声も届かずにミリは足を引きずり走り続けた。
 石畳の段に爪先を取られ、つんのめった先で両手と膝を付く。息切れと動悸の苦しさで、破裂しそうな心の痛みからミリは懸命に目を背けようとした。

「大丈夫か、ミリっ」

 近くまで来たイザクが息を飲むのを感じた。スカートがめくれ上がり、火傷の痕が広がるミリの素足が(あらわ)となっている。
 我に返ってスカートで足を覆い隠した。何も見なかったように、イザクはミリを助け起こしてくる。

「怪我はないか?」
「はい……いきなり走り出してごめんなさい」
「突然どうしたんだ? わたしが何か気に(さわ)ることでも言ってしまったか?」
「いえ! イザク様は何も」
「ミリ、待っとくれ!」

 追いかけてきたのは肉屋のおかみだ。ミリが孤児院で働いていることを知っていて、常日頃から何かと親身に相談に乗ってくれていた。

「うちのひとが心無いことを言ってすまなかったね」
「おばさん……いいんです。わたし、気にしてませんから」

 力なく首を振る。おかみはミリの境遇を知る数少ない人間だ。

「そこの旦那。ミリは最果ての焼かれた村の出身でね」
「ミリが……?」
「ああ、運よく生き残ってね。たった独り残されて、まだ若いのに苦労ばかりで……あたしゃ不憫(ふびん)でならないんだ。旦那もどうかミリのこと、気にかけてやってくれませんかね」
「やめて、おばさん! すみません、イザク様。今の話は忘れてください」
「あ、ああ……」

 見えてしまった醜い傷跡も。どうかイザクの記憶から消えてなくなるようにと、ミリは心の中で祈っていた。
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