シャロームの哀歌
 孤児院の仕事にミリはますます忙殺されていった。まるでその心を麻痺させるかのように、自身を追い込み日々の作業にのめり込んでいく。

 しかしイザクによる寄付金は驚くほど増やされて、孤児院を手伝う人員も次第に有り余ってきた。

「ミリさんは休んでていいんですよぅ?」
「そうですよ。ミリさんはここの院長になったんですから。座ってゆっくりしててください」

 遠くから聞こえる子供たちの声に、死んだ弟の叫びが重なった。

 ミリは未だにあの日を夢に見る。
 生き物のように荒れ狂う炎、むせかえる煙と熱に逃げ場なく取り囲まれる。成す術もなく火の海の中で、ミリは何度も何度も繰り返し家族を失った。

 昨日のことのような臨場感をもって、その情景はミリを果てなく追い詰める。
 夢を見る気力もないほど、体力尽きるまで働き通しのほうが楽なのに。
 ぽっかりとできた何もすることのない時間に、ミリの思考と感情が次第に(さいな)まれていく。

 そんな中でもイザクの存在が心の支えとなった。
 苦しいときミリはいつでも、穏やかな彼の笑顔を思い浮かべた。
 戦争で苦しんだのは何も自分だけではない。国中が疲弊し、ようやく平和を手に入れたのだ。
 今、自分はイザクに生かされている。そのことに感謝し、イザクのしあわせを遠くから祈り続けよう。

 家族の無残な最期が胸をよぎっても、ミリは自分にそう言い聞かせ続けた。
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