シャロームの哀歌
 乾いた風が吹く中、ミリは気晴らしに外へ出た。

 なぜ自分は未だここにいるのだろう。
 部屋に籠っていると、そんな疑問が湧き上がってくる。

 孤児院の院長として皆から必要とされているはずなのに、ミリの心は常に無価値感に占拠されていた。

 風にはためく干されたシーツの列が、太陽の匂いを運んでくる。
 いつかこのあたたかな香りの中に、イザクとふたりで閉じ込められた。

 彼はとうに忘れてしまったかもしれない。
 くるまれたシーツの中での甘い口づけは、ミリにとって永遠に消えない秘密の宝物だ。

(このまま消えてなくなってしまおうか……)

 やさしい思い出に包まれて、すべてを終わらせてしまえたら。

「ミリ……!」
「イザク様……?」

 駆け込んできたイザクに、ミリは息を飲んだ。
 あの日も彼のことを考えていて、イザクは目の前に現れた。

「あ、いや、ミリが独りで泣いているのかと……」

 吹く風に誘われるように、イザクの手がミリの頬に延ばされる。
 あの日のように唇をなぞる指先が、心を覆う冷たい氷をやさしく溶かしていった。

「すまない、わたしの気のせいだったようだ」

 視線を逸らし、イザクはミリから手を離した。残された僅かな温もりに、ミリの心がどうしようもなく締めつけられる。

(イザク様はずっと変わらない)
 そして、きっとミリの秘められた想いも。

 風にあおられたシーツが、割るようにふたりの間を隔てていった。

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