死神?・・は・・・私の・・・?
次の朝、麗香は田無夫人の病室を訪れた。田無夫人は既に洋服を着て、退院する準備をしていた。
「田無さん、お家に帰って大丈夫ですか?」
「先生。昨日はありがとうございました。久しぶりに良く寝たので、今はスッキリしています。やはり主人のことが気にかかるので帰ります。」
「そう。でも無理しないように。すぐに何かあったら来てくださいね。」
「はい。ありがとうございます。」
田無夫人は麗香に頭を下げた。

外来の診察時間が終わった。
「岸さん、今日は少し早く家に戻ってもいいかしら。」
「はい。先生お疲れですか?」
「ううん、今日は母の命日なの。だからお花を買ってお供えしようと思って。なにかあったらすぐに電話くれれば飛んできますから。」
「わかりました。ごゆっくりされてください。」
麗香は仏花ではなく、母の好きだった花を買い仏壇に添えた。線香に火をつけて母の遺影を眺め、母の笑顔を思い出していた。
― まだ、涙が出る・・・

『麗香さん・・・麗香さん・・・』
スティルの呼ぶ声で麗香は我に返った。
『麗香さん・・・今、田無さんの旦那さんをお送りしてきました。』
『スティル・・・どうだった?』
『旦那さんは、奥さんにあんなことをしてしまったことをとても後悔し、いつも感謝しているのに素直になれなかったと悔いていました。でも最後に言えたみたいです。』
『そう。なら良かった・・・』
『麗香さん・・・僕がいない間に何かありました? 目が赤い・・・』
『今日ね・・・母の命日なの。母はもう10年前に癌で亡くなった。母は気丈な人で、自分の症状や余命を全部教えてくれと主治医に頼んで、亡くなる直前まで残される父や私のためにいろんなことをノートに書いて残してくれたのよ。それと、延命をしないでと父に頼んだの。それを父は受け入れた。私はそのことに腹を立ててどんな状態でも母に生きていて欲しいって父に詰め寄った。そして父のことを冷たいと怒鳴ったり恨んだりもした。でも今はその母の気持ちも父の気持ちもわかる。お互いのことを思いやってのことよね・・・』
『素敵なご夫婦だったのですね。』
『忙しい父だったから、母がどの程度幸せだったかはわからない・・・夫婦のことは娘でもわからない・・・』
『麗香さん・・・大丈夫ですか? 寝ます?』
『スティル・・・今日は少し飲みたい気分。付き合ってくれる?』
『飲んでるつもりになりますよ。スパークリングウォーターで・・・』
『フフ、ありがとう。』

『ねー、スティル。田無さん・・・これで良かったのかしら? 私・・・』
『僕にはわかりません。でも、これからまだ生きていく人が大切なのでは?』
『そうよね・・・田無夫人はもうギリギリだったと思う。心が折れる一歩手前だった。それでも、彼女はどう思っているのかしら・・・』
『・・・』
『スティル、死神はみんなあなたみたいなの?』
『それぞれだと思います。その時に応じて違うけど、僕はなるべく亡くなる人が納得して死界に行って欲しいと思っているかな。』
『スティルは優しいのね。ねースティル・・・そろそろ寝かして。』
『はい。』
スティルは麗香の隣に座った。すると麗香はスティルに抱きついた。
『スティル・・・抱きしめて・・・目一杯・・・ギュッと・・・抱きしめて・・・』
スティルは麗香の頭を撫でて、そして抱きしめた。
『麗香さん・・・』
『スティル・・・キスして。』
『ダメですよ。』
『何で?』
『キスはダメです・・・あなたが辛くなる・・・ここまでだよ・・・おやすみ・・・麗香さん。』
スティルはすかさず麗香の頬をそっと触った。
― どうしよう・・・もう・・・麗香さんに話さないといけない・・・
― イャ、このまま・・・このままがお互いの為・・・
そう思いながらも、スティルは麗香の唇にキスをした。

  イズミダレイカ ノ セイゾンニッスウ ハ 670 ニチ
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