その笑顔を守るために
「あの日…三ツ矢さんが奥さまと外来にいらっしゃいました。お腹に引きつるような痛みがあると言って…」

人気の少ない食堂の何時もの席で、瑠唯が話し始める。

「内科医だった三ツ矢さんは、ご自分の症状に何かきっと予感みたいなものがあって…カメラの予約も取ってらして…その検査も私がやりました。結果はごく軽い腸炎…そう診断しました。お二人にも画像確認して頂いて…薬を処方しました。でも…その夜…三ツ矢さんは…救急車で運び込まれた時にはもう…心肺停止状態で…蘇生もおよばなくて…」

「その時、貴方はどうしていたんですか?」

「その日の勤務終了後にお休みをもらって…旅行に行っていて…」

「父がもがき苦しんで死んで逝った時に旅行してたんですか?呑気に…」

瑠唯にとってはけして楽しい旅行などではなく、むしろ山川への想いを断ち切る為の辛い旅行だったのだが…

「三日後、病院に戻って…その話を聞かされて…でも、それきりその事からは一切担当を外されて…いくら教授にお願いしても何も教えてもらえなくて…」

「だから!だから、その後の話し合いの席にも出て来なかったんですか?指導医の山川先生はいらしたのに…」

「その話し合いの事は…私は…知らされて無くて…」

「そんなバカな話しがあるか!貴方が診察して、診断して…薬を出したんだろう?そのせいで父が死んだかもしれないんだぞ!その当事者が何も知らないで、ダンマリなんてありえないだろう!」

苛立ちを抑えきれず三ツ矢が叫んだ。
その騒ぎに、周りの視線が集まった…その時…

「そこまでだ!こんな所でする様な話しじゃないだろう…場所をわきまえろ!」

厳しい目つきで後ろに立っていたのは山川だった。

「また、そうやって原田先生をかばうんですね!失礼します!」

そう吐き捨てて、三ツ矢はその場を立ち去った。


「山川先生…」

戸惑う瑠唯を落ち着かせるように
三ツ矢が今までいたその席に腰を下ろした山川は

「何を言われた?」

「あの時…三ツ矢さんが亡くなった日の、真実を知りたいと…」

「真実も何も…あの時の事に何も嘘はないだろう?」

「でも…私の口から直接聞きたいと…」

「そんな事…あの時、君は何も知らされていなかったはずだ!松本教授の指示だった。それで?君は何と答えたの?」

「そのまま…ありのまま、私の知っていることを伝えました。」

「そう…それでいいよ。でも…もう君はこれ以上彼に関わらない方がいい!」

「そうでしょうか?本当にそれでいいんでしょうか?」

「ああ…過去の事を…三ツ矢さんの事を忘れろとは言わない。だが、今の君はあの時とは違う。それを踏まえて君は…前に進むべだ。」

瑠唯を見つめる山川の目は優しかった。そして何か決意を含んでいるように…力強かった。
瑠唯の心があの頃に引き戻される。恋しくて…恋しくて…苦しくて…涙がでそうになる。

「僕は…君との関係を一からやり直したいと思っている。」

そう…山川がポツリと漏らした。



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