その笑顔を守るために
翌朝、瑠唯は加藤から託された患者…結城真理子の病室を訪れていた。

「おはようございます。外科の原田といいます。加藤先生が学会でお留守なので、代わりに私が結城さんの治療を担当させていただきます。宜しく。」

「もう、治る見込みがないから…新人の先生が押しつけられたんだ。」

チラっと瑠唯を見た真理子が、そう呟いた。

「押し付けられたとかじゃありませんよ!先生がいらっしゃらない間、心配だからっておっしゃって…それに、私こう見えて新人じゃありませんよ。これでも若手のホープって言われてるんですよ。」

と…明るく戯けて見せた。

「…それでも…私の病気、治せないんでしょ?」

「治せません!」

そう言い放った瑠唯の顔を真理子はマジマジと見た。

「医者は神様じゃないので、病気は治せません!病気を治すのは患者さんご本人の力と意思です。医者はそれをお手伝いするだけです。」

「治すって言ったって!全身に癌が拡がってんの、知ってんでしょ!それをどうやって治せばいいの?無責任な事言わないで!」

「それでも…それでも、あきらめないで!貴方が諦めない限り、私達医者も決して諦めない!」

射抜く様な視線を真っ直ぐに真理子に向けた。それに気圧された真理子が一瞬息を呑む。

「あの…」

廊下とを仕切るカーテンの隙間から、車椅子に乗った少女がヒョッコリ顔を覗かせた。

「あれ?美香ちゃん?」

「あっ…ごめんなさい…廊下…通ってたら、瑠唯先生の声が聞こえたから…」

「うん…加藤先生の代わりに、ちょっと診察に来てるの。あっそうだ!もしよかったら美香ちゃんもちょっとだけお話ししていく?結城さんいい?」

横を向く真理子は少し考えている様子だったが、暫くして

「別に構わないけど…」

無愛想に頷いた。

「美香ちゃん、どうぞ。」

瑠唯が促すと車椅子を動かして美香が入って来た。

「美香ちゃんどう?足の具合は?」

「うん!もう痛くはないんだけど…未だ歩けなくて…リハビリも結構頑張ってるんだけど…今日も午後からリハビリなの!」

そう明るく答えた。

「そっかぁー頑張ってるんだーよかった。」

「足…どうしたの?」

真理子の問いに美香が答える。

「交通事故にあって…もうちょっとで足…切断しなきゃいけなかったらしいんだけど…瑠唯先生がすっごい頑張って手術してくれて、どうにか繋がったんだけど…未だ歩けなくて…でも、私諦めないよ!絶対歩けるようになって、瑠唯先生に褒めてもらうの!頑張ったねって!」

「なんで?なんで…そんなに頑張るの?もしかしたら、一生車椅子かもしれないじゃん!頑張る意味ある?」

「だって…諦めたらそこで終わりでしょ!それに…わかんないじゃん!絶対駄目だなんて!誰にもわかんないよ!」

そう言って明るく笑う美香を真理子はジッと見つめていた。

「じゃあ…頑張る二人にご褒美!」

そう言って瑠唯は白衣のポケットから飴を出して其々渡す。
花がらの紙に包まれたミルク味の飴だ。

「やったーこれ美味しいよねー
でもさぁーお父さんに買ってきてって言っても、何処にも売ってな
いんだってー何処に売ってるの?」

「うぅん…内緒!」

「ええーけちぃー」

そんな二人を見て、ちょっとだけ真理子が微笑んでいた。

瑠唯の胸元で機械音が響く。

「はい!外科原田!」

『原田先生!大野先生が至急お話ししたいとおっしゃってますが…』

「直ぐ行きます!」

「瑠唯先生…相変わらず忙しいー」

と美香が不満を漏らす。

「ごめんねーじゃあ真理子ちゃん、また来るね。」

「じゃああたしもー」

美香が車椅子のタイヤに手をかけた時…

「美香ちゃん…もう少しいていいよ…」

と照れくさそうに真理子が言う。

「本当!」

そんな二人を残して、瑠唯は病室を出た。




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