その笑顔を守るために
「失礼します。」

そう言って瑠唯が院長室の中に入ると、何やら空気がピリピリと張り詰めている。

「あ、あの…院長…遅くなりました。」

「ああ…瑠唯ちゃん、午後になるとは聞いていたが、もう少し早くに来ると思っていたよ。もう夕方だ。」

「すみません…昨夜寝付けなくて、起きたのがお昼だったもので…」

「二人で一緒にかい?」

「………」

何も言えない瑠唯に代わって山川が答える。

「はい。私は今日、原田先生に…いえ…大河原瑠唯さんに、プロポーズしました。」

瑠唯は真っ赤になって俯いた。

「そう…それで…」

「それについては未だ返事はもらっていません。ですが私は、今すぐにでも籍を入れたいと思っております。」

「それはまた、強引な話しだ…瑠唯ちゃんの気持ちはどうするんだね。」

「もちろん彼女の気持ちは尊重します。ですが、私達は既に付き合ってます。その事も含め、男としてきちんと責任を取らせて頂きたいと思っております。」

「それは…僕としては少しショックが大きい…僕はね…瑠唯ちゃんの事を本当の娘のように思っている。亡くなった明(あかり)の代わりと言う訳ではないよ…」

髙山には、明と言う一人娘がいた。その事は瑠唯も師長から話しを聞いている。明は五年前…脳腫瘍に侵されて、二十七歳という若さでこの世を去った。

「五年前…明の脳に腫瘍が見つかって、オペする間もなく亡くなった。信じられなかったよ。たった一人の娘だった。大河原が生きていたらもしかして…そんなあり得ない事すら考えたくらいだ。
ちょうど瑠唯ちゃんが研修医として辛い思いをしていた頃だろう。
言い訳になってしまうが…明の事があって、君に手を差し伸べる余裕がなかった。それで、大野くんに託したんだ。彼なら君を苦しみから救ってくれると思って…だが山川くん、君はその時…何をしていた。瑠唯ちゃんをおいて、何故大学病院を辞めた!」

髙山が珍しく怒りで声を荒げた。

「院長!それは…」

身を乗り出す瑠唯を制して山川が答える。

「その事に関しては弁明のしようもありません。ですが、私もあの時とは違います。人としても医師としてもそれなりに精進してきたつもりでおります。院長からご覧になれば、まだまだ未熟な若造ですが、それについては是非、今後を見守って頂きたい。どうか瑠唯さんとのこと、お許し下さい。」

そう言って山川は深々と頭を下げた。

「…それで、肝心の瑠唯ちゃんはどう思っているんだい?」

髙山が瑠唯に優しい眼差しを向ける。

「私…私は…未だ…未だわかりません…結婚とか…今まで考える余裕もありませんでしたから…それに…今は、大野先生の事で精一杯で…未だ、考える余裕がなくて…でも、山川先生の事は…好きです!先生との事は…大切に…思ってます。」

その言葉に山川が目を見開く。

静まりかえった部屋に髙山の声が静かに響いた。

「そうか…瑠唯ちゃんがそう思っているなら、それでいい。それに…二人はもう大人だ。医師としての道も立派にに自分達で歩んでいる。僕なんかがとやかく言うことではないのかもしれない。でもね…それでも僕は、瑠唯ちゃんが可愛い…明の身代わりなんかじゃなくて…本当に可愛いと思っているんだよ。いつかお嫁にいくときは僕の手で送り出したい。その事だけは、どうかわかっていて欲しい…」

「はい…」

二人同時に、そう頷いた。




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