その笑顔を守るために
「いいよ…それ以上は聞かない…でも何でそれで申し訳ないって思うの?」

「あの…結局、長谷川先生の研修先が家から遠くて、引っ越して行ったんですけど…その後、二人とも忙しくてなかなか会えなくなって…自然と距離が出来ました。それから私も学校卒業して研修医になって、先生に出会って…せ、先生の事…す、好きになって…その時気付いたんです。長谷川先生の事は好きだったけど、その…男性としてじゃなくて…何ていうか…友達として?それに、私…あの時、本当にどうしていいかわからなくて、寂しくて堪らなくて、側にいてくれて、優しくしてくれたた長谷川先生に縋り付いてしまったのかも知れないって…だから、本当に私の事好きだって言ってくれてる長谷川先生には申し訳ない…と…」

「長谷川先生…今も君の事好きだって言ってるんだ。」

瑠唯はコクンと頷いた。

「君が…一人孤独に耐えていた時側に長谷川先生がいてくれてよかったと思うよ。悔しいけどね。だけど…」

髪を触っていた手が頬に移る。

「これから先は君を支えるのは僕の役目だ。いい…?」

頬に移った手が顎をかすめ、親指が唇を辿る。

「君を支えるのも…こうして君に触れるのも…この先ずっと僕だけだ。」

そして…そっと口づける。

「先…生…」

山川は瑠唯をソファーに押し倒し、更に激しく唇を奪う。
手は膝からスカートを分け入って太腿を這う。

「んっ…あっ…先生…」

山川は瑠唯の耳元でクスっと笑い耳朶を食むと…

「いいの?さっきから先生連発だよ。どうする?ここでこのままお仕置きする?それとも…ベット行く?」

耳元で囁く吐息混じりの声がくすぐったくて、思わず瑠唯が縋り付いた。
キスは益々深く…激しく…なったその時…テーブルの上で瑠唯の携帯が振動で踊りだす。
二人の動きがピタリと止まり、顔を見合わせる。
山川が身体を起こし、携帯を取ると瑠唯に渡した。

「はい…原田…三ツ矢くん、どうしたの?えっ?…ご家族に連絡して…直ぐ行きます。」

「あっ…あの、すみません!患者さん、急変で…」

「わかった!車出すよ、直ぐ行こう!」

「でも…あの…タクシーで…」

「年末のこの時間に来るわけ無いだけだろ!早く支度して!」

珍しく荒々しい口調に瑠唯の肩がビクっと震えた。


車の中は、終始無言だった。居た堪れない空気に瑠唯は俯き膝の上で手を握り締める。

山川は通用口で車を停めると

「終わったら連絡して、何時でもいいから。」

「あの…でも…」

「いいから!早く行って!」

瑠唯の言葉を遮り、前を向いたまま顔も見ない。

「あの…ありがとうございました。」

そう言い残して走り出す瑠唯の脳裏に一瞬、昔の嫌な思い出が蘇る。

孝太が研修医となり、なかなか会えずにいたある日、休みを取ったから会おうと連絡が入った。しかし約束の日の朝…ゼミの教授に突然呼び出され、結局会うことが出来なかった。何時も穏やかな孝太が珍しく、断れないのかと声を荒げて怒ったのだ。今思えば、孝太との距離が出来始めたのはこの事がきっかけだった様な気がする。

クリスマスの時と今回…もしかしたらまた、あの時の孝太の様に、山川が憤慨しているのではないか?先程の様な荒々しい態度は再会以来…嫌…出会ってから初めての様な気がする。

そんな不安をかき消す様に瑠唯は足を速めて新生児室に向かう。
やはり患者は心配していた新生児だ。
スタッフも揃うかどうかわからないこの時期、ましてや未だ生後二週間と言う新生児に、今直ぐのオペはかなりリスクが大きい。せめて後二週間…保育器の中で育ててからオペに持ち込みたい。

新生児室に飛び込むと瑠唯は直ぐに処置を行う。

「原田先生、すみません。今、長谷川先生もこちらに向かっています。ご家族にも連絡取りました。もう間もなく到着されると思います。」

「三ツ矢くん、ありがとう…手を貸して!」





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