その笑顔を守るために
「気持ちいいー!少し寒いですけど…」

海の見える高台にある神社で初詣を済ませた二人は境内にあるベンチに腰掛けて、コーヒーを飲んでいた。もちろん、瑠唯は甘いカフェオレである。

「うん…いい天気だしね。」

そう言うと山川は自分がしていたマフラーを取り、瑠唯の首に巻いた。

「あ…ありがとうございます。
…あったかい…でも、先生が寒くないですか?」

すると山川はクスっと笑い

「すっかり先生に逆戻りしちゃったね。…幻滅した?」

「えっ?」

「…ごめん…昨日の態度は…あれは、なかった…」

「いえ…私の方こそ…クリスマスの予約も駄目にして、また…」

「いや!そうじゃない!そうじゃないんだ…君に…急患に腹をたてた訳じゃない!この間も言ったが、急患で駆けつけるのは医師として、当たり前の事だ。ただ…あの時僕は…何で今なんだって…思ってしまって…そんな自分に腹が立った…僕は、六年前から少しも成長してないんじゃないのかって…」

「私の方こそ、すみませんでした。終わったら連絡してって言ってもらってたのに…寝入ってしまって…それに…幻滅なんてしてません。」

「じゃあ…君のその優しさに付け込んで、正月休みの仕切り直し…していい?」

「もちろんです!あっ、でも…今までの先生…ノーカウントにしてもらってもいいですか?」

「それはまた、別の話し!」

「ええーっ、山川先生…」

「アハハ…取り敢えず何か食べに行こう。お腹減ってるんじゃない?」

「あっ、そう言えば…昨日のお蕎麦以来何にも食べてません。」

そう言いながら、二人は手を繋いで歩き出した。



一月下旬…アメリカの医学雑誌、JARAに発表された論文は、世界中の医学界を激震させた。
「劇症型腸炎」について書かれたその論文の第一著者は「大河原瑠唯」ラストオーサーに「山川修司」の名が記されていた。この分野における現存の論文は世界初で、各所から絶大な評価を得る事となる。

これを期に、山川の周囲はにわかに慌ただしくなり、いくつもの大学から准教授就任のオファーがかかる。現在山川はそれらの申し入れの中から都内のいくつかの大学を絞り込み検討している。

そんな中、かねてより検討されていた新生児のオペが行われる事になった。生後一カ月を超え充分とはいえないが体力もつき、これ以上の先送りはかえって別のリスクがあるとの判断からだ。
執刀医は瑠唯、前立ちに大野、そして第二助士に篠田が入る事になった。

所要時間、三時間五十分…新生児におけるこの症例のオペとしては異例の速さだった。




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