その笑顔を守るために
「お疲れ様でした。」
「お疲れ!」
「お疲れ様でした〜しっかしあの小さい心臓…よくあの短時間でオペしましたよねぇ」
篠田が感嘆の声を上げる。
「ああ…まあ、器用な原田ならではのなせる技だな!」
「大野先生でも難しいですか?」
「まぁ…やれって言われて出来なくはないが、俺の手は原田よりでかいからなぁ。もうちょっと時間食うだろうな。」
「でも先生みたいな大きい手じゃなきゃ届かない事もあるじゃないですか?」
「ふ〜ん…適材適所って訳ですねー。」
「お前なぁーそんな事で関心してねぇで、もうちっと勉強しろや。まあ最初組んだオペの時よりはちったぁ成長したみたいだがな、まだまだだ!」
「そんなぁ~これでも、加藤部長や原田先生のオペに食らいついてるんですけど…」
「まだ修行が足らん!」
「はぁー」
そこに佐々木が顔を出した。
「あっ、原田先生…お疲れ様でした。見事なオペだったわ。ご両親も喜んでらした。先生に直接お礼がしたいそうよ。後で顔を見せてあげて。」
「えっ…私、そうゆうの苦手で…」
「お前も相変わらずだなぁー」
「あっ…そうだ!篠田先生、加藤部長が呼んでらしたわよ。」
「えっ?なんだろう?お褒めの言葉でも貰えるのかぁー?」
「あの程度の事で、んなわけあるか!大方、発破でもかけられるんだろうよ。さっさと行って来い!」
「はーい。」
篠田が肩を落として廊下の先に消えて行った。
すると…
「うっ…うぇ…」
しおりが突然えづいた。
「えっ?佐々木先生!どうしました?大丈夫ですか?…取り敢えず座りましょう。」
瑠唯は近くにあった椅子にしおりを促し、自分も横に腰掛け背中擦る。
大野は意外と冷静に、向かい側に腰を降ろす。
「しおり…大丈夫か?なんか飲むか?」
「ううん…大丈夫…もう平気…」
ハンカチで口を覆いながら、しおりがそう答えた。
「え?…佐々木先生…もしかして…」
「うん…そう…」
「まぁ…そういう事だ。」
向かい側から照れくさそうに、大野が言った。
「そういう事って…最低でも半年待って下さいって言ったじゃないですか?万が一胎児に何か異常があったら…」
その言葉を大野が遮り…
「薬も影響のないものに変えた。俺の方の検査もしたさ。お互い、いい歳なんでな…作るんならそう悠長な事も言ってられない。それでも、万が一があった時はそれも受け入れる。二人で、そう…決めた。」
瑠唯は大野を睨み、それからフゥっと一つ大きな息を吐くと、口を尖らせる。
「その検査…私がやりたかったです!」
「ばっかやろう!お前に俺の精子の検査なんかやらせられるか!」
「ちょっと!淳平!」
「ハハハハ…で、お前はどうするんだ?山川と。言われてるんだろ?俺が復帰したら結婚してくれって…」
「もう…何でそんな事知ってんですか?って聞くのも馬鹿らしくなります。」
そう言って、ふくれっ面をする。
「するんでしょ?結婚…」
「…ええ…でも…」
「何か問題でもあるの?」
しおりが瑠唯の顔を覗き込む。
「ええ…最近お互いすっごく忙しくて…時間も合わなくて…」
「山川も論文が発表されて以来あちこちから声がかかってるみたいだしな…お前も俺のオペが評判になって患者が殺到してるんだろ?」
「殺到って程じゃありませんよ。」
「でも、そんな事医師同士の夫婦ならよくある事じゃない。」
「そりゃそうだ。こいつだって事の最中に、産まれるって連絡来りゃぁ俺の事ほっぽってさっさと行っちまうからなぁ」
「淳平!原田先生の前で、なんて事言うのよ!」
しおりが真っ赤になって抗議する。
「こいつはその手の話し、結構ケロっとしてんだよ!」
その言葉の通り、瑠唯は何でも無かったように続ける。
「そうなんですけど…結婚して、家庭を持つって言うのは、特に男の人にとって…安らぎの場所って言うか…仕事の疲れを癒す場所…みたいなところを作るっていうことだと思うんです。だけど私…実は家事とか、特に食事作るの…壊滅的で…何にも出来なくて…」
「ああ…そうだったな、お前の作る飯は野良犬も食わん。」
「先生、酷い!いくら何でもそこまでじゃ…なくもないですけど…」
瑠唯はシュンとして項垂れる。
「そんなの今どきどうにだってなるじゃない?誰か人を雇う方法だって…」
「でも、そしたら…私の役目って何ですか?私が山川先生に奥さんとしてやってあげられる事ってなんだろって思って…そうじゃなくても忙しくって、帰る時間もまちまちで、休みでも呼び出しあって、ゆっくり食事も出来ない時とかもあって…挙句に、家の事何にも出来ない奥さんなんか、欲しいかなって…」
「そんなの人それぞれじゃないの?別に山川先生だって家の事やってほしいわけじゃない無いと思うけど…そんな事なら家政婦さんだっていいわけでしょ?そうじゃなくて、原田先生っていう一人の女性と一緒にいたいと思ってるんじゃない?先生の存在そのものが大事なんじゃないの?」
「そう…でしょうか?そんなんでいいんでしょうか?」
それまでニヤニヤしながら聞いていた大野が、突然顔を引き締めて口を開く。
「お前…それだけじゃないだろう?なんか他に思ってる事があるんじゃねえのか?」
そこでまた、瑠唯が大きく息を吐く。
「大野先生には敵いません。私…専攻を小児科に絞りたいと思ってるんです。子供達の未来を少しでも守りたいんです。だから…」
「また…あっちに行ってくるか?」
そこで瑠唯が息を呑む。
「えっ?あっちって…アメリカ?また向こうに行っちゃうの?山川先生と別れるって事?」
「別れるかどうかはまだ…」
「その話し、山川は知ってんのか?」
「いえ…まだです。取り敢えず、ニコラス教授には意向を伝えるメールをしました。歓迎するとお返事頂きました。」
「ほう…あのニコラスが…やるじゃねぇか。で…?」
「明日にでも、院長に辞表を提出するつもりです。山川先生にはそれから…」
「何だ、山川は四番目か?気の毒に…」
「淳平!そうゆう問題じゃない!…原田先生…何も辞表を出さなくても…研修とか、休職とか…まさか帰って来ないつもりなの?」
「いえ…それはありません!私のルーツはやはり日本ですから…いずれは…でもそれがいつかはわかりません…」
「そうか…じゃあ行って来い!その覚悟があるなら行って、とことん納得する迄やって来い!」
「淳平…」
「お疲れ!」
「お疲れ様でした〜しっかしあの小さい心臓…よくあの短時間でオペしましたよねぇ」
篠田が感嘆の声を上げる。
「ああ…まあ、器用な原田ならではのなせる技だな!」
「大野先生でも難しいですか?」
「まぁ…やれって言われて出来なくはないが、俺の手は原田よりでかいからなぁ。もうちょっと時間食うだろうな。」
「でも先生みたいな大きい手じゃなきゃ届かない事もあるじゃないですか?」
「ふ〜ん…適材適所って訳ですねー。」
「お前なぁーそんな事で関心してねぇで、もうちっと勉強しろや。まあ最初組んだオペの時よりはちったぁ成長したみたいだがな、まだまだだ!」
「そんなぁ~これでも、加藤部長や原田先生のオペに食らいついてるんですけど…」
「まだ修行が足らん!」
「はぁー」
そこに佐々木が顔を出した。
「あっ、原田先生…お疲れ様でした。見事なオペだったわ。ご両親も喜んでらした。先生に直接お礼がしたいそうよ。後で顔を見せてあげて。」
「えっ…私、そうゆうの苦手で…」
「お前も相変わらずだなぁー」
「あっ…そうだ!篠田先生、加藤部長が呼んでらしたわよ。」
「えっ?なんだろう?お褒めの言葉でも貰えるのかぁー?」
「あの程度の事で、んなわけあるか!大方、発破でもかけられるんだろうよ。さっさと行って来い!」
「はーい。」
篠田が肩を落として廊下の先に消えて行った。
すると…
「うっ…うぇ…」
しおりが突然えづいた。
「えっ?佐々木先生!どうしました?大丈夫ですか?…取り敢えず座りましょう。」
瑠唯は近くにあった椅子にしおりを促し、自分も横に腰掛け背中擦る。
大野は意外と冷静に、向かい側に腰を降ろす。
「しおり…大丈夫か?なんか飲むか?」
「ううん…大丈夫…もう平気…」
ハンカチで口を覆いながら、しおりがそう答えた。
「え?…佐々木先生…もしかして…」
「うん…そう…」
「まぁ…そういう事だ。」
向かい側から照れくさそうに、大野が言った。
「そういう事って…最低でも半年待って下さいって言ったじゃないですか?万が一胎児に何か異常があったら…」
その言葉を大野が遮り…
「薬も影響のないものに変えた。俺の方の検査もしたさ。お互い、いい歳なんでな…作るんならそう悠長な事も言ってられない。それでも、万が一があった時はそれも受け入れる。二人で、そう…決めた。」
瑠唯は大野を睨み、それからフゥっと一つ大きな息を吐くと、口を尖らせる。
「その検査…私がやりたかったです!」
「ばっかやろう!お前に俺の精子の検査なんかやらせられるか!」
「ちょっと!淳平!」
「ハハハハ…で、お前はどうするんだ?山川と。言われてるんだろ?俺が復帰したら結婚してくれって…」
「もう…何でそんな事知ってんですか?って聞くのも馬鹿らしくなります。」
そう言って、ふくれっ面をする。
「するんでしょ?結婚…」
「…ええ…でも…」
「何か問題でもあるの?」
しおりが瑠唯の顔を覗き込む。
「ええ…最近お互いすっごく忙しくて…時間も合わなくて…」
「山川も論文が発表されて以来あちこちから声がかかってるみたいだしな…お前も俺のオペが評判になって患者が殺到してるんだろ?」
「殺到って程じゃありませんよ。」
「でも、そんな事医師同士の夫婦ならよくある事じゃない。」
「そりゃそうだ。こいつだって事の最中に、産まれるって連絡来りゃぁ俺の事ほっぽってさっさと行っちまうからなぁ」
「淳平!原田先生の前で、なんて事言うのよ!」
しおりが真っ赤になって抗議する。
「こいつはその手の話し、結構ケロっとしてんだよ!」
その言葉の通り、瑠唯は何でも無かったように続ける。
「そうなんですけど…結婚して、家庭を持つって言うのは、特に男の人にとって…安らぎの場所って言うか…仕事の疲れを癒す場所…みたいなところを作るっていうことだと思うんです。だけど私…実は家事とか、特に食事作るの…壊滅的で…何にも出来なくて…」
「ああ…そうだったな、お前の作る飯は野良犬も食わん。」
「先生、酷い!いくら何でもそこまでじゃ…なくもないですけど…」
瑠唯はシュンとして項垂れる。
「そんなの今どきどうにだってなるじゃない?誰か人を雇う方法だって…」
「でも、そしたら…私の役目って何ですか?私が山川先生に奥さんとしてやってあげられる事ってなんだろって思って…そうじゃなくても忙しくって、帰る時間もまちまちで、休みでも呼び出しあって、ゆっくり食事も出来ない時とかもあって…挙句に、家の事何にも出来ない奥さんなんか、欲しいかなって…」
「そんなの人それぞれじゃないの?別に山川先生だって家の事やってほしいわけじゃない無いと思うけど…そんな事なら家政婦さんだっていいわけでしょ?そうじゃなくて、原田先生っていう一人の女性と一緒にいたいと思ってるんじゃない?先生の存在そのものが大事なんじゃないの?」
「そう…でしょうか?そんなんでいいんでしょうか?」
それまでニヤニヤしながら聞いていた大野が、突然顔を引き締めて口を開く。
「お前…それだけじゃないだろう?なんか他に思ってる事があるんじゃねえのか?」
そこでまた、瑠唯が大きく息を吐く。
「大野先生には敵いません。私…専攻を小児科に絞りたいと思ってるんです。子供達の未来を少しでも守りたいんです。だから…」
「また…あっちに行ってくるか?」
そこで瑠唯が息を呑む。
「えっ?あっちって…アメリカ?また向こうに行っちゃうの?山川先生と別れるって事?」
「別れるかどうかはまだ…」
「その話し、山川は知ってんのか?」
「いえ…まだです。取り敢えず、ニコラス教授には意向を伝えるメールをしました。歓迎するとお返事頂きました。」
「ほう…あのニコラスが…やるじゃねぇか。で…?」
「明日にでも、院長に辞表を提出するつもりです。山川先生にはそれから…」
「何だ、山川は四番目か?気の毒に…」
「淳平!そうゆう問題じゃない!…原田先生…何も辞表を出さなくても…研修とか、休職とか…まさか帰って来ないつもりなの?」
「いえ…それはありません!私のルーツはやはり日本ですから…いずれは…でもそれがいつかはわかりません…」
「そうか…じゃあ行って来い!その覚悟があるなら行って、とことん納得する迄やって来い!」
「淳平…」