その笑顔を守るために
「辞表…?」
髙山は目の前に出された辞表と瑠唯の顔を交互に見て絶句する。
「はい…二月いっぱいで…それまでに担当する患者さんを他の先生方に引き継いで頂きたいと思っております。」
「そのあとは…?」
「三月からシアトル大のニコラス教授の元で、小児外科の専攻を目指したいと思っております。」
「小児外科…?」
「はい…ご迷惑をおかけいたしますが、宜しくお願いします。」
そう言って、深々と頭を下げる。
「大野くんは…大野くんは知っているのか?」
「はい…」
「彼は…なんと…」
「行って来い…と言っていただききました。」
髙山はデスクに肘を付き、手を額にあて、大きく息を吐く。
そこで、ふと気付いたように…
「山川くんは?山川くんと一緒になるのではなかったのかい?」
「それは…山川先生とは、まだなにも…」
「なにも?彼はまだこの件を知らないのか?」
「はい…」
髙山の顔が益々こわばる。
すると椅子の背もたれに身体を預け、天井を仰ぐと再び瑠唯を見て
「どうしてもかい?せめて…研修とか休職とかでは駄目かい?」
「はい…」
「何故?」
「私なりの覚悟です。我儘を言って申し訳ありません。」
「帰っては来るんだよね?此処に…」
「日本にはいずれ戻るつもりですが、こちらには…今までのご恩をこんな形で不義理をする事になりましたので…そこまで甘える訳には…」
「何を言ってるんだ。それを約束してくれなければ、送り出すことは出来ないよ。」
「………」
「君を…此処に縛り付ける気はないんだよ。ただ…約束してくれないかい?帰国したら必ず一度此処に帰ってきてくれる事を…病院に戻るかどうかは、その時また話そう。いいかい?」
瑠唯の目に熱いものが込み上げる。まるで父親に何時でも帰っておいで…と言われているようだ。
「ありがとう…ございます。必ず…必ず帰国のご挨拶に伺います。」
そう言って…深く…深く…頭を下げた。
その日の午後、何時もの席で瑠唯が休憩を取っていると…
「瑠唯…やっぱり此処にいた…」
「山川先生…」
そう言ってしまって、慌てて両手で口を押さえる。
山川は思わずフっと吹き出すと
「今日…夕食、一緒に行ける?」
「えっ?ああ…はい。」
「そうか…よかった。クリスマスのリベンジをしよう。」
「クリスマスの?あっ…はい、嬉しいです。あの…私もちょっと、先…修司さんにお話ししたい事があって…」
「ん?何?」
「…大事な…話です。」
「うん…わかった。じゃあ七時に駐車場でいい?」
「はい。」
「じゃあ…その時に…僕も頑張って、書類仕事終わらせるよ。」
そう言って立ち去った。
「すごーい!綺麗!」
瑠唯は目を輝かせて窓の外を見る。眼下には光輝く街並みとその先に見える太平洋…所々に船の灯りが見える。
「都心の夜景程じゃないけど…それなりに綺麗だよね。」
「都心の夜景みたいに派手じゃなくて、宝石を散りばめたみたいで…凄く素敵です!」
「気に入ってもらえてよかった。今日は特別なディナーを予約したんだ。」
「特別な?」
「ああ…きてからのお楽しみだ。」
その日の料理は素晴らしかった。
山川がどの様な予約をしたのか、周りの席は全て空席で…二人はお喋りを楽しみながらゆっくりと食事を堪能した。
「さて…お待ちかねのデザートだよ。」
山川がウエイターに目配せすると、ワゴンに乗せて小さなホールケーキが運ばててきた。ケーキの上にはパチパチ弾ける花火が飾られている。ウエイターがそれを二人の間に置き、その横に真っ赤な薔薇の花束を添える。
「えっ?誕生日?」
驚く瑠唯の様子を優しい瞳で見つめていた山川が口を開く。
「瑠唯…君の大事な話しの前に、僕の話しを聞いてくれる?」
「えっ?あっ、はい…なんでしょう?」
山川はテーブルの上に見覚えのある四角い箱をそっと置いて…
「大河原瑠唯さん…僕と結婚して下さい。」
髙山は目の前に出された辞表と瑠唯の顔を交互に見て絶句する。
「はい…二月いっぱいで…それまでに担当する患者さんを他の先生方に引き継いで頂きたいと思っております。」
「そのあとは…?」
「三月からシアトル大のニコラス教授の元で、小児外科の専攻を目指したいと思っております。」
「小児外科…?」
「はい…ご迷惑をおかけいたしますが、宜しくお願いします。」
そう言って、深々と頭を下げる。
「大野くんは…大野くんは知っているのか?」
「はい…」
「彼は…なんと…」
「行って来い…と言っていただききました。」
髙山はデスクに肘を付き、手を額にあて、大きく息を吐く。
そこで、ふと気付いたように…
「山川くんは?山川くんと一緒になるのではなかったのかい?」
「それは…山川先生とは、まだなにも…」
「なにも?彼はまだこの件を知らないのか?」
「はい…」
髙山の顔が益々こわばる。
すると椅子の背もたれに身体を預け、天井を仰ぐと再び瑠唯を見て
「どうしてもかい?せめて…研修とか休職とかでは駄目かい?」
「はい…」
「何故?」
「私なりの覚悟です。我儘を言って申し訳ありません。」
「帰っては来るんだよね?此処に…」
「日本にはいずれ戻るつもりですが、こちらには…今までのご恩をこんな形で不義理をする事になりましたので…そこまで甘える訳には…」
「何を言ってるんだ。それを約束してくれなければ、送り出すことは出来ないよ。」
「………」
「君を…此処に縛り付ける気はないんだよ。ただ…約束してくれないかい?帰国したら必ず一度此処に帰ってきてくれる事を…病院に戻るかどうかは、その時また話そう。いいかい?」
瑠唯の目に熱いものが込み上げる。まるで父親に何時でも帰っておいで…と言われているようだ。
「ありがとう…ございます。必ず…必ず帰国のご挨拶に伺います。」
そう言って…深く…深く…頭を下げた。
その日の午後、何時もの席で瑠唯が休憩を取っていると…
「瑠唯…やっぱり此処にいた…」
「山川先生…」
そう言ってしまって、慌てて両手で口を押さえる。
山川は思わずフっと吹き出すと
「今日…夕食、一緒に行ける?」
「えっ?ああ…はい。」
「そうか…よかった。クリスマスのリベンジをしよう。」
「クリスマスの?あっ…はい、嬉しいです。あの…私もちょっと、先…修司さんにお話ししたい事があって…」
「ん?何?」
「…大事な…話です。」
「うん…わかった。じゃあ七時に駐車場でいい?」
「はい。」
「じゃあ…その時に…僕も頑張って、書類仕事終わらせるよ。」
そう言って立ち去った。
「すごーい!綺麗!」
瑠唯は目を輝かせて窓の外を見る。眼下には光輝く街並みとその先に見える太平洋…所々に船の灯りが見える。
「都心の夜景程じゃないけど…それなりに綺麗だよね。」
「都心の夜景みたいに派手じゃなくて、宝石を散りばめたみたいで…凄く素敵です!」
「気に入ってもらえてよかった。今日は特別なディナーを予約したんだ。」
「特別な?」
「ああ…きてからのお楽しみだ。」
その日の料理は素晴らしかった。
山川がどの様な予約をしたのか、周りの席は全て空席で…二人はお喋りを楽しみながらゆっくりと食事を堪能した。
「さて…お待ちかねのデザートだよ。」
山川がウエイターに目配せすると、ワゴンに乗せて小さなホールケーキが運ばててきた。ケーキの上にはパチパチ弾ける花火が飾られている。ウエイターがそれを二人の間に置き、その横に真っ赤な薔薇の花束を添える。
「えっ?誕生日?」
驚く瑠唯の様子を優しい瞳で見つめていた山川が口を開く。
「瑠唯…君の大事な話しの前に、僕の話しを聞いてくれる?」
「えっ?あっ、はい…なんでしょう?」
山川はテーブルの上に見覚えのある四角い箱をそっと置いて…
「大河原瑠唯さん…僕と結婚して下さい。」