追放予定(希望)の悪役令嬢に転生したので、悪役らしく物語を支配する。
 ヴァレンティ侯爵が魔法省まで送ってくれるというので、歩きながら私は先程のやり取りを整理する。

「……巻き込んだようで申し訳ありません」

「いいえ、リティカ嬢が気に病む必要はありません。あの人の思考を読み取れる人間はそういないでしょうし」

 そして正論なだけに突っぱねられないんですと疲労感漂うヴァレンティ侯爵の横顔を見ながら、本当にごめんと心の中でつぶやく。
 先程のお父様の言葉から推察するに多分、お父様は私が秘書官になる事も折り込み済みで辞職されたのだろう。
 秘書官の身分があれば今まで私の手に届かなかった情報の閲覧ができるから。

「ふふ、お父様の相手は大変ですね」

「勉強にはなりますよ。まぁ耐えきれず我々の胃に穴が開くかもしれませんが」

「あらあら、お互い大きな宿題をもらってしまいましたわね。財務は目標達成出来そうですか?」

「どうでしょう? やってみない事には」

 ため息をついたヴァレンティ侯爵は、

「まぁでも、秋の討伐にかかる経費が随分削減できそうですから」

 と私をみて笑う。

「そうなのですか?」

 驚いたように目を瞬かせた私に、

「ええ、6年前魔法省が総出で開発した魔道具のおかげで、効率的にかつ安全に討伐に出向けるようになりましたから」

 死傷者も少ないため討伐後の傷病者の生活保証や見舞い金が削減できたことや討伐ポイントを絞り込めるようになって日数がかからなくなったことで人件費が削減できたことが主な理由だという。

「あのグランプリの投資でここまで費用対効果が見込めるとは正直思いませんでした。ここまで読んでいたんです?」

「まさか、あの時の私はまだ9つになったばかりですよ?」

 私がヴァレンティ侯爵から巻き上げた100億クランを投資して開催した研究費争奪戦。
 あれは師匠を秋の討伐に参加させないための策だった。
 私はただ師匠ルートを潰したくてやっただけなのだけど、その後もいい方向に影響を与えている事を知り、なんだかとても嬉しくなる。

「そうでしたね。リティカ嬢はうちの娘と同い年ですし」

 大きくなりましたね、とヴァレンティ侯爵は目を細めて私を見る。

「お恨みですか? あなたから妻子を取り上げた私を」

 6年前、私がヴァレンティ侯爵夫人を断罪した後、侯爵の妻子は王都から遠く離れた領地で暮らしている。
 名目上は夫人の療養。
 社交シーズンですら侯爵夫人が王都に来る事はない。

「いいえ、私はずっとリティカ嬢に感謝しています。妻と娘を助けて頂きましたから」

 あれからヴァレンティ侯爵はずっと私に尽くしてくれている。

「ふふ、何のことやら。私は王宮教師を追い出したただのわがまま娘ですよ?」

 真相を知らない貴族たちの間で流れるその噂話は、私を悪役令嬢として印象付けてくれるのでいまだに放置したままだ。

「ああ、そうだ。今度アイリス商会の支部が王都にできるそうですよ。斬新なドレスや珍しい宝石を扱っているとか」

 アイリス商会とはここ3年で急成長を遂げている有力な商会だ。

「ええ、噂の商会の王都進出。楽しみですね」

 私は意味深な視線を向けてくるヴァレンティ侯爵に何食わぬ顔で言い返す。

「……本当にあなたを妃殿下と呼ぶ日が来ることが楽しみです」

 ヴァレンティ侯爵はそう言うが、私は追放予定なのでそんな日は来ない。
 ……なんて、言えるはずもなく私は曖昧に微笑んだ。
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