追放予定(希望)の悪役令嬢に転生したので、悪役らしく物語を支配する。
「そもそも私に宰相など荷が重すぎたのです」

 などと弱音を吐くアーバン侯爵だけれど、お父様が宰相職から退いたのち10年以上実直にこの国を支えてきたのは間違いなく彼だ。

「アーバン侯爵。侯爵に宰相を辞められては困ります。ずっとこの国や陛下を誠実に支えてきたのは侯爵でしょう?」

「うう、リティカ嬢」

 普段はこんな弱気な態度だが、政務に就く時は別人のようにどんな人間とも渡り合う心理戦にも強いうちの宰相。
 有能な部下にも恵まれているし、お父様がいまさら宰相職を取り上げる理由はなさそうなのだけど。

「おやおや、情けないねぇ。ちょっとは魔法省を見習いたまえよ」

 とお父様は楽しそうに笑って、私の方を見る。

「そもそも仕事、とは代わりがきくものだ。この人間でなければ絶対ならない、という事もないだろう。現に全部丸投げしてきたけど魔法省は滞りなく回っている」

 お父様、全く回ってませんけど? と死屍累々とした魔術師たちと悲壮感漂う師匠の顔を思い浮かべて言いかけた私に、

「リティカ、争い(ゲーム)の勝敗を分けるモノは何だと思う?」

 と紫暗の瞳が尋ねる。
 唐突な話の真意を測りかねてお父様を見返す私に、じゃあ特別にヒントとお父様はウィンクする。

「圧倒的に強力な武器があれば勝てる? 圧倒的な数の力で制圧すれば勝てる? はたまた生まれ持った運が天命を分ける? いいや、違う」

「……情報」

 相手を正確に把握し、いかに相手を出し抜くか。
 そのためには情報が何よりものをいう。
 私の答えに満足気に笑ったお父様は。

「片方だけに肩入れするのはフェアじゃないからね。私はしばらく暇をもらって娘の自主性に任せてみようと思う」

 片方? それは誰を指しているのかしら? と私は目を瞬かせ思案する私に、

「リティカの耳には入っているかい? どうやら街中に"魔物"が現れたらしい、と」

「!?」

 私は驚いて目を瞬かせる。
 魔物の出現自体は珍しいことではない。だが、人の生活域を脅かすことがないようにどの街にも小さな村でさえ魔物避けの魔法道具が設置されている。
 だから通常、街中で魔物に遭遇する事はない。
 勿論、それにも例外はある。

大発生(アウトブレーク)集団暴走(スタンピード)が起きていないというのに、ですか?」

 数の力で押し切られ、魔法道具が魔物の攻撃に耐えられなければ、魔物が街中に入り込むこともある。

「そうだね、この数年国内でそのような現象は私の耳にも入ってきていない」

 そう、不思議な事にラストイベントに向けた布石である『各地で起きる魔物被害』。起きるべきはずのこの時期になっても全く起きていないのだ。
 まぁ、主な理由はゲームと違って師匠が宮廷魔術師を辞めてないからなんだけど。

「……らしい(・・・)というのは?」

「そのままの意味だよ。誰もその姿を捉えていないが、食い荒らされた被害は明らかに魔物のソレだ」

 さて、困ったねぇとお父様は全く困っていなさそうな声音で私に告げる。
 私はその現象について考え込む。
 街中への魔物出現。それ自体はゲーム(エタラブ)知識として覚えのある内容。
 ただそれは各地で魔物被害が広がり、ライラちゃんが聖女の能力を覚醒させると同時に神殿から神託が発表された後での出来事だったはず。

「なぜ、私にその事を教えてくださるのですか?」

「あはは、言ったはずだよ。娘の自主性に任せる、と」

 全く笑っていないお父様の紫暗の瞳が私を捉える。
 その瞳に魅入られて私は高揚感で背筋が伸びる。
 つまり、私の力量を測りたいのだと。
 お父様から、私自身に期待をされていると。
 自惚れても、いいのだろうか?

「一見関係なく見える事象がどこかで繋がっている事もある。点と点をどう結びどう読み解けば解に辿り着くのか、考えてごらん」

 お父様はそれ以上言わず、私の持ってきた書類に目を通して、及第点と評価して受け取った。
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