追放予定(希望)の悪役令嬢に転生したので、悪役らしく物語を支配する。
「……っ、痛い」

 喧騒から抜け出して隠れるように身を潜めた木の影で私はうずくまる。
 軽い吐き気と痛みに泣きそうになっていた私の頭上に、

「邪魔よ。城内の景観を損なうわ」

 そんな冷たい言葉が落ちてきた。
 視線を上げればそこにいたのは先程会場で暴れていた公爵令嬢だった。

「何? びびって泣いているの? なら来なければ良かったじゃない。どうせ出来レースなんだから」

 ロア様の婚約者は私よ、と言い切る彼女に私は言い返す気力もない。
 できたら放っておいて欲しい。
 沈黙を保つ私に、

「あーあ、自分のコンディションも維持できないなんて情けない」

 そう言った彼女は、無理矢理私を立たせると、

「ちょっとこっち来なさいよ」

 そう言って手を引いた。

 もしかして闇に葬られる!? なんて思った私が連れて行かれたのは、すぐ近くにある東屋だった。

「ほら、横になりなさい」

 座り込んだって楽にならないわよ、と言った彼女は妙に慣れた手つきで私の看病をする。

「あなた、何か食べたの?」

 そういえばパーティーの準備で朝から何も食べていない。ふるふると首を振る私に、

「そんなだからふらつくのよ」

 悪態を吐きながら小さなお菓子を一つくれた。
 レモン水を飲み横になっていると、少し胃痛が落ち着く。

「戻らなくていいのですか?」

「一通り片付けたもの。言ったでしょう、これは出来レース。ただのお披露目よ。すでに内々に婚約する事が決まっているの」

 どこまでが本当か分からない内容に驚きつつ、出来レースという言葉に私は唇を噛む。
 結局家柄で選ぶなら努力なんて意味ないじゃない。
 そんな非難めいた言葉が出かかった私は、

「どうして、私を助けたのですか?」
 
 代わりにそう尋ねる。

「は? どうして私がロア様に群がるその他大勢の女を助けなくてはいけないの?」

 が、問いかけが問いかけで返ってきた。
 この令嬢は何がしたいのか私には全く分からない。
 疑問符を浮かべる私と空色の瞳の視線が絡む。
 しばらく沈黙したのち、

「ただ根性あるなと思っただけよ。あなた今にも死にそうな顔をしていた癖に、誰よりも綺麗なカーテシーをするんだもの」

 私は美しいものと可愛いものが好きなのよ。
 彼女はクスッと笑いそう言った。
 もしかして、褒められたのかしら?

「それだけ話せるならもう大丈夫ね。こんなところで行き倒れられても目覚めが悪いし、一応ヒトを呼んでおいてあげる」

 すくっと彼女は立ち上がり、すぐさま立ち去ろうとする。

「あの、メルティー公爵令嬢! 私、私の名前は」

「興味ない」

 振り返ることなくそう言って、あっという間に去って行ったのでお礼を言いそびれてしまった。
 そうして彼女に名乗ることすらできず見送った私の中には、初めてお会いした第一王子のロア様よりもリティカ・メルティー公爵令嬢の方が強く印象に残ったのだった。
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