アンハッピー・ウエディング〜後編〜
寿々花さんの大きなスーツケースを持ってあげて、一緒に家の中に入った。

「疲れてるだろ?先に風呂に…」

入ってこいよ、と言おうとした。

寿々花さんが帰ってすぐにお風呂に入れるように、もう何時間も前から風呂を焚いて待っていた。

しかし寿々花さんは、真っ直ぐリビングに向かって。

「…くんくん。コーヒーの匂いがするー」

…と、言った。

…それはごめん。さっきからずっと飲んでたから。

自分では全然意識してなかったけど、確かに改めて、外から入ってくると。

リビング中に漂う、噎せ返るようなコーヒー臭。

日本に帰ってきて早々、これはないよな。

気が利かなくて、本当ごめん。

いや、でも。寿々花さんがなかなか帰ってこなかったから。荒んでたんだよ。さっきまでの俺。

そういや、雛堂からのメールも既読無視してるしな。

「ちょっと、あの…うん。窓、開けておくから。その間に風呂に入っててくれ…」

幸い今日は風が強いから、ちょっと窓を開けておけば、換気は充分だろう。

「それから…オムライス、温めるから」

「え、オムライス?」

「特大オムライス作って待ってるって、約束しただろ?」

「…悠理君、約束覚えててくれたんだ…」

目をキラキラさせて、寿々花さんが言った。

そんな、大袈裟に感動しなくても…そのくらい忘れないっての。

「それとも、他に何か食べたいものがあるか?」

一週間ずっとイタリア料理じゃ、日本食が恋しくなるだろう?

肉じゃがとか?白米と味噌汁と漬け物とか?

良いよ。今日は何でも作ってやる。

しかし、寿々花さんは。

「あのね、旅行中ずっとね、悠理君のご飯が恋しかったんだー」

とのこと。

いじらしいことを言ってくれる人である。

「悠理君のオムライスが食べたかった」

「そうか…」

俺のオムライスより美味しいものを、たくさん食べてきたはずなのにな。

それでもやっぱり恋しくなるのは、俺の料理が寿々花さんにとって「おふくろの味」みたいな存在になっているのかもしれない。

俺がおふくろの味だってよ。変なの。

全然おふくろじゃないし、下手くそな貧乏料理なんだけどな。

「でっかいの作ってあるから、楽しみにしててくれ」

「うん。やったー、悠理君のオムライスだ」

オムライスくらいで、無邪気に喜ぶ寿々花さんである。

全ッ然変わってないなぁ…。まぁ、一週間くらいじゃ変わらんか…。

じゃあ、寿々花さんが風呂に入ってる間に。

巨大オムライスのお子様ランチを温めて、日の丸国旗を立てるかな。

…その前に、部屋の換気が先だけどな。
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