一日限りの恋人のはずが予期せぬ愛にくるまれました
「急には無理か」
「すみません」
「君は悪くないよ。急かして悪い」
 ほどなくしてシャンパンが届く。
 なんで私は言いなりになってるんだろう。
 上司に言われたから。
 仕事だと思ったから。
 それは確かにある。
 だけど、本気で逃げようと思えば逃げるタイミングはあったはずだ。
「どうした?」
 私の戸惑いにきづいた小手鞠さんがたずねる。
「なんて言っていいか……」
「君は気付いていないようだが、俺の運命の番だ」
「私はベータです」
「後天的にオメガになる人もいる」
「そういう人は10代後半になるじゃないですか。遅くても20代前半。私もう28ですよ」
「さしずめ隠れオメガといったところか」
「そんなゲームの隠しキャラみたいに」
 困惑した私を見て、小手鞠さんはまた笑った。
「再検査したほうがいい」
 入社前の検査でもちゃんとベータだった。今さら覆るとは思えない。
 だけど、と目の前の人を見る。
 見るからに仕立ての良いスーツを着ていた。袖から見える節ばった手が男らしい。くせのない茶色がかった深い色の髪が斜めに額にかかっている。鋭い目には今は柔和な笑みが浮かび、温かく私を見つめる。
 こんな素敵な人と運命が結ばれていたら、どれだけ幸せだろうか。
 心がふわりと浮かび上がる。
 直後に叩き落とされた。
「あれぇ、せんぱーい!」
 すっとんきょうな声がした。振り向くと、鮫島さんがいた。相変わらずかわいい。ひらひらしたワンピースにくるんと巻いた髪。短いスカートから覗く足はすらっとしていて、高さのある華奢なヒールがよく似合っている。
「社長さん! 奇遇ですね、運命感じちゃう!」
 私は顔を伏せた。こうしてすべてはかっさらわれていくのだ。
「私オメガなんでぇ。わかっちゃうんですぅ!」
「あなたにわかるわけがない」
 冷たい声で酷薄な笑みを浮かべる。嘲りすら感じる。だけど鮫島さんは怯まない。
< 14 / 42 >

この作品をシェア

pagetop