一日限りの恋人のはずが予期せぬ愛にくるまれました
「どれも安っぽいわねえ。これなんか1年前にも紹介されたわ」
 渡辺さんが文句を言い、私は謝罪した。一度埋まった部屋がまた空室になったのだ。
「これとか、囮物件じゃないの?」
「違います」
 すでに契約が決まっているのに広告に出している物件を囮物件とか囮広告とか呼ぶ。そうやって客を吊り上げてほかの物件を紹介する手口だ。法律で禁止されている。
「不動産業者をせんみつって言うじゃない? 千に3つしか本当のことを言わないって」
「そんなことはございません。せんみつには、千件のご相談で3件しかまとまらない、というような意味もございます」
「少ないわねえ。いい物件をもってないってことかしら」
「たとえ話でございますから」
 ひきつった笑いを浮かべて答える。
 絶対に嫌がらせか暇つぶしだろうに、私は適当にあしらうことができない。だからこそターゲットになるのだろうけど。
 結局、2軒の案内をすることになった。
 彼女を小型車に乗せ、物件を見に行く。
 2軒とも、古いだの安っぽいだのと文句をつけられ、成約には至らなかった。
 やっぱり、と思いながら店に帰る。いつものことだ。
 店前に戻って渡辺さんを降ろし、ふと、近くにいたカップルに気が付いた。
 鮫島さんと小手鞠さんだった。
 鮫島さんがじゃれつき、小手鞠さんがあしらっているようだった。以前と違い、仲良さそうに見えた。
 ああ、と私の心に影が差す。
 結局、ああいう女性がいいのか。かわいらしくておしゃれで甘えた感じの愛想のよい若い子。
 わかる、地味でダサくて無愛想な私みたいなのは付き合いたくないよね。
 わかってはいたけど、現実をつきつけられると、胸が痛い。
「何してるのよ」
 渡辺さんがいらいらと声をかけてくる。
 すみません、と慌てて一緒に店内へ戻る。
 車は別の営業がすぐに使うから店前においたままだ。
 物件の感想をあらめて聞くためにカウンターに案内した直後。
 入口が開いて、小手鞠さんが鮫島さんと入って来た。秘書の森下さんが続く。一緒にいたのか、と少し驚いた。さきほどはまったく気が付かなかった。
 私の目線につられて振り返った渡辺さんが体を固くした。
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