一日限りの恋人のはずが予期せぬ愛にくるまれました
「ナイトクルーズのチケットが余ってるんだ。急だけど一緒に行こう」
 そんなすごそうなものが余るものなのだろうか。
「気分転換にもなるし。捨てるのはもったいないだろう?」
 庶民的なことを言われて、くすっと笑った。
 明日までは恋人だから。
 余っているなら、お金を無駄に使わせるわけじゃないし。
「行きたいです」
 最初で最後のデートだ。
 彼は破顔した。
 心底うれしそうな笑顔に、私の胸がチクリと痛んだ。

 時間がないから、と駅前のファーストフードで簡単な食事をとった。
 社長もこういう所を利用するんですね、と笑ったら、たまにね、と笑い返された。
「このしょっぱいポテトが大好きなんだ。からっと上がってるのもいいけど、しなっとなったのも好きで」
 楽しそうに語るから、私まで楽しくなってしまう。
 小手鞠さんはまた服を買ってくれた。クルーズに行くのに仕事着はないだろう、と。
 今度はありがたく素直に受け取った。ベージュの生地で、花柄の切り替えがあるデザインだった。
 タクシーで港につくと、森下さんが待ち構えていた。
「急にナイトクルーズのチケットとれって言われても困ります。大変でしたよ」
 私は小手鞠さんを見た。
 彼は少し慌てたあと、苦い顔をした。
「バラすなよ」
「申し訳ありませんねえ。帰ろうとしていたところに急な仕事だったので」
 ぷんぷんと怒りながらチケットを小手鞠さんに渡す。
「君が嫌な思いをしているようだったから、気分転換をと思って」
 小手鞠さんは照れ臭さそうに私に言った。
「あなたに怒っているわけではありませんのでご安心くださいね」
 森下さんは急に優しい口調になって笑顔を見せた。
 彼が小手鞠さんを見ると、小手鞠さんは黙って頷いた。
「では、ごゆっくり楽しんでらしてください」
 お辞儀をして、森下さんは私たちが乗って来たタクシーでそのまま帰って行った。
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