一日限りの恋人のはずが予期せぬ愛にくるまれました
「土地の売買は慎重になさってください。後悔のないようになさらないと」
 渡辺さんは微笑した。
「そんなこと言う不動産の人に会ったのは初めてよ。ますますあなたに売りたいわ」
私の困惑は深まる。
「悠真が惚れこんだだけのことはあるわ」
 思いがけず小手鞠さんの名前が出て、私は愕然とした。
 渡辺さんは、ほほほ、と上品に笑った。

 翌週、月曜日。
 運よくシフトは休みだった。
 小手鞠さんは自分の運転する車で迎えに来た。
 ガルウィングの青いスポーツカーだった。
 こんな車は初めて、とおそるおそる乗った。車高が低くて乗りにくかった。
 一緒にランチをとって、それから植物園に向かった。
「今日は貸し切りだから」
「貸し切り!」
 私が驚くのを見て、小手鞠さんは笑った。
「本当は休園日なだけ。お願いして入れてもらうことにした。だからこの前みたいにはならないよ」
 あのとき、船をおりると警察が待っていて、事情を聴かれて帰るのがかなり遅くなった。
 ナイトクルーズを運営していた会社は安全管理がどうとかバッシングされていて、かわいそうだった。
 鮫島さんは会社にもう来なかった。
 週刊誌やネットではすごく叩かれていた。
 過去、彼女はオメガと判定された。
 両親は「かわいそうに」とかなり鮫島さんを甘やかしたらしい。
 それで鮫島さんは味をしめてしまった。オメガは甘やかしてもらえる、と。
 数年後の再検査でオメガは誤診でベータだったとわかっても、オメガを自称し続けた。
 上司の山橋さんは嘘をわかりつつもめんどくさいから放置していた。
 金曜日、辻谷さんは鮫島さんを刺して捕まった。俺は騙されたんだ、とうわごとのように言っているらしい。彼女は一命をとりとめたが、大きな傷を負った。そのまま退職が決まった。
 辻谷さんは後天的なベータだった。
 入社時にはまだアルファだったが、ベータに変化した。本人に自覚はなかった。
 さらに、売上トップを維持するために書類を偽造していたのが発覚した。人を刺したこともあって懲戒解雇になった。
 山橋さんは鮫島さんのことに加えて辻谷さんの不正に気づけなかったとして地方に飛ばされることになった。
 それらを、私は口さがない同僚から聞かされた。
 複雑な気持ちで、彼女らはある意味で平等だ、と思った。
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