傾国の落日~後宮のアザミは復讐の棘を孕む

一、比翼連理

 邸第(やしき)中に掲げられた赤い燈篭の光の中で、花嫁の籠がおろされ、赤い刺繍の垂れ幕が掲げられる。籠の中の花嫁の顔は赤い面布に隠されて、見ることができない。左右から侍女に支えられ、花嫁がおぼつかない足取りで籠を降りると、やはり赤い衣装で盛装した花婿に対峙した。花婿は花嫁に拱手の礼をし、手を取って奥へと導いていく。
 面布に開けられた小さな覗き穴から見える花婿の横顔は端正で、眉は凛々しく、黒い双眸は燈篭の灯と篝火に煌めいていた。
 ――よかった。優しそうで、そして綺麗な方だ。
 この婚礼は皇帝の命による。一介の官僚である彼女の父には、断ることなど許されない。花婿花嫁が顔を合わせるのは、今宵が初めてとなる。
 ――この人となら、うまくやっていけそう。
 足元の悪い花嫁を振り返りつつ、ゆっくり導いてくれる花婿の気遣いに、花嫁は胸が轟ろいた。

 今上帝の庶長子である魏王伯祥(はくしょう)は、不遇の皇子であった。
 母・連氏は皇后王氏に仕える身分低い(はしため)だったが、たまたま帝の目に触れて戯れに寵愛され、伯祥を身ごもった。寵を盗んだ連氏に対する皇后の憎しみは深く、伯祥は後宮内で冷遇され、飼い殺しのような扱いであったという。
 だが、皇后所生の第二皇子を立太子するに際して、皇帝は第一皇子の伯祥にも魏王の王爵と後宮外の邸第を賜い、一人立ちさせることにしたのだ。
 そして、その不遇の皇子の正妃として選ばれたのが、(けい)氏の娘、紫紅(しこう)であった。
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