愛しい吐息 ~凛々しい婚約者は彼女を溺甘で支配的な愛にとろけさせる~
それから数日、雅はずっと忙しくしていた。
帰ってきたらご飯も食べずにシャワーを浴びて寝る。
何があったのか、彼女は語ってくれない。
代わりのようにテレビがその理由を伝えていた。
桜堂寺不動産は地面師による巨額詐欺に遭っていた。
100億の契約をして、50億をすでに渡していた。
以前にも大手不動産会社が地面師詐欺に遭い、テレビが大騒ぎをしていたのを思い出す。
同じような手法だった。偽の売主を用意し、ほかにも買いたいと言っている人がいると桜堂寺不動産の若手の担当者を焦らせ、上司を煽り、ミスを誘発させ、金を受け取るに至った。
大手なのに、と世間は桜堂寺不動産に呆れ、責めた。
詐欺被害は取引にも影響した。売買をやめたい、と言い出す売主、買主があとを絶たなかった。物件の管理を桜堂寺不動産に任せるのをやめたいという会社も続出。
雅はその対応に追われていた。記者会見にも出ていた。
げっそりやつれた雅は、それでも花純に言う。
「絶対に11日はあけておくから」
そう言っていたのに。 詐欺の影響は長引いた。
「11日、ダメかもしれない」
その日、帰って来た雅は疲れた声でそう言った。
「……いいよ」
記念日より、雅のほうが心配だった。
そもそも11日は記念日ではないし、本当の記念日である12日もこの分では祝えそうにない。
「良くない。せっかくの記念日だ。夜だけでもあけるから。二人で初デートに行った遊園地に行ってプロポーズをやり直すんだ。最初にベッドの上で言ったきり、きちんと言えてない」
断固とした口調。花純はそれだけでもう嬉しい。
「無理しないで」
「あなたこそ、無理しないで。いつも気持ちを我慢しているだろう」
雅は花純の頬にそっと触れる。
花純はドキッとした。
花純の罪を見透かされているような気がした。
雅は、自分が花純を襲ったと思い込み、責任をとって結婚しようとしている。その責任感、優しさにつけこんでいる自分の罪。
「我慢なんてしてない」
むしろ、わがままを言っている。雅と一緒にいたいという自分の欲望を押し通している。
「ごはんは」
話題を変えようと、花純はたずねた。
「いらない」
「最近食べてないじゃない。食べないとダメ。作れないけど、買ってきたから」
雅の好きなポテトサラダに、キュウリとハムと卵のサンドイッチ。
ふふ、と雅は笑った。
「もらうよ。君の愛を感じる」
雅はシャワーを浴びてから少し食べて、花純が淹れたコーヒーを飲んだ。
そのあとすぐに、ベッドに倒れ込むように眠りについた。
電話が来たのは、そんなことがあった1週間後、11日のことだった。
バイトは11、12日と休みをとっている。
だから花純は家にいて、その電話を受けた。
見慣れない番号に不安になりながらスマホの画面で通話に指を滑らせる。