愛しい吐息 ~凛々しい婚約者は彼女を溺甘で支配的な愛にとろけさせる~
 わかっていたはずなのに。
 何も言ってくれないことが花純への愛がないことの証明になんてならない。
 紫苑に振り回されただけだ。
 そう思って引き返そうとしたとき。
 きらびやかな振袖にマッシュな髪型の女性の姿が目に飛び込んできた。
 隣にはスーツの紫苑が寄り添う。
 そんな。
 とっさに柱の陰に隠れた。
 どう見ても雅だった。メイクは振袖に合わせて華やかに施されている。
 その振袖がまた、雅が選ばないような女性らしい色柄だった。赤い生地にピンクの大輪の花。髪飾りもピンクのバラ。帯には金糸銀糸が使われ、豪華だ。とても似合っていた。
 僕のリクエストで振袖なんだ。僕が選んだんだよ。
 彼はそう言っていた。
 がくがくと膝が笑った。
 二人がなにを話しているのか、この距離では聞こえない。
 ただ和やかな笑みを浮かべて、紫苑に手を引かれて雅は歩いて行く。
 花純はフラフラと歩きだした。
 どこへ向かえばいいのか、自分でもわからなかった。

 日が暮れかけて、花純はマンションに戻った。
 どこにも行くところなんてなかった。
 雅のところ以外、行きたくなかった。
 部屋にはもう雅が帰っていて、待ち構えていた。
「心配した」
 顔を見るなり、彼女は言った。
「スマホも出ないし、バイト先に電話してもいないというし」
「……ごめん。スマホ、気が付かなかった」
 本当は音を切って無視していたのだが。
 雅はもう、振袖を着たことなどなかったかのようにスーツ姿だ。メイクもいつも通りだ。
「どこへ行っていた。何があった」
 花純は何も言えなかった。
「言えないようなことか」
 厳しく問いただす。
 花純は拳を握りしめた。
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