ご令嬢ではありません!~身代わりお見合いだったのに、敏腕CEOが執愛に目覚めたようです~
 再び女将に襖を開けてもらい、あまり顔を見られないように下を向きながら、しずしずと中に入った。

 社長と対面する形で座布団に座る。立派な黒塗りのテーブルには、目に鮮やかな懐石料理が並んでいる。

 ものすごくお腹が空いているはずなのに、食欲が湧いてこない。緊張と冷や汗でどうにかなってしまいそうだった。

「遅れてしまい、申し訳ありません」

 顔を見るのが怖くて、目を合わせないようにして言った。できれば声も出したくない。

「いえ……」

 社長も緊張しているのか声は小さめだ。

 沈黙が数秒間続く。二人だけの密室での沈黙はいたたまれない気持ちにさせられる。

 かといってなにを話そう。できればもう、この沈黙のまま会食を終えた方がいいのではないかとさえ思う。

 長い沈黙を破り口火を切ったのは社長だった。

「有紗さん、最初に言っておかなければならないことがあります」

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